今はピン芸人だけど、昔はコンビ、トリオだった芸人たち
2021年2月18日 更新

今はピン芸人だけど、昔はコンビ、トリオだった芸人たち

今の時代、30代、40代でも若手なんて言われるほど競争の激しい芸人の社会。そんな社会で、第一線で活躍しているピン芸人のなかには、昔はコンビ、トリオで下積み時代を過ごしていた人も少なくないのです。そこで、ここでは「今はピン芸人だけど、昔はコンビ、トリオだった芸人たち」を題して、若かりし時代を振り返ってみましょう。

108,685 view

今はピン芸人だけど、昔はコンビ、トリオだった芸人たち

今の時代、30代、40代でも若手なんて言われるほど競争の激しい芸人の社会。そんな社会で、第一線で活躍しているピン芸人のなかには、昔はコンビ、トリオで下積み時代を過ごしていた人も少なくないのです。そこで、ここでは「今はピン芸人だけど、昔はコンビ、トリオだった芸人たち」を題して、若かりし時代を振り返ってみましょう。
 (1613351)

劇団ひとり

 (1613318)

1994年に、秋永和彦とお笑いコンビ「スープレックス」を結成。NHKオンエアバトルでも高ポイントを獲得するなど、お笑い好きでは知られてきた存在だったが、劇団ひとりの遅刻癖などの影響もあり、ブレイクせず。2000年に解散。
スープレックスとはかつて太田プロダクションに所属していたお笑いコンビである、1994年4月結成。

主にコント、漫才を得意とし、数々のテレビ番組に出演して活躍し期待されたが、2000年4月にコンビ解散。

ダンディ坂野 TV初出演 スープレックス 他若い頃の映像 - YouTube

ビビる大木

 (1613328)

「ビビる大木」と言う芸名どおり、1995年に大内登と「ビビる」を結成。コント師として人気を博していたが、2002年に大内が芸能界引退に伴い解散。
ちなみに、現在大内は、制作会社のプロデューサーとして業界内で活躍中。
ビビるは、大木淳と大内登からなる日本のお笑いコンビ。1995年から2002年4月まで活動した。所属事務所はワタナベエンターテインメント(デビュー当時は太田プロダクション)。
結成のきっかけは、大内がNHKの番組に出演していた大木の姿を見て興味を持ち、「相方になりたい」と投書したことに始まる。そのはがきが大木の目に留まり結成に至ったものの、結成当時の大内はお笑いに関して何も知らない全くの素人であり、大木は大変苦労したという。当初の大木と大内の関係は「相方」というよりも、「芸人と、そのファン」といった感じだった。

1995年の結成以後、『笑う犬の冒険』(フジテレビ系)など、様々なバラエティ番組に出演し人気を博したが、2002年4月に『ビビるの@llnightnippon.com』(ニッポン放送)にて大内が芸能界引退を発表した。

有吉弘行

 (1613362)

今や多くのMC番組を持つほど不動の人気を得た有吉弘行。ご存知のとおり、電波少年でユーラシア大陸ヒッチハイクの旅をした「猿岩石」のコンビ芸人だった。
「猿岩石」時代は、実力と言うよりミーハー的な人気だったが、実力があるのでピンでも上がってきた感じですね。
猿岩石(さるがんせき)はかつて太田プロダクションに所属していたお笑いコンビ。

2人とも小学生時代からの幼馴染である。オール巨人に半年間弟子入りしていた有吉が巨人から謹慎を命じられ、広島の自宅に戻った後、1994年4月に結成。グループ名の由来は、中学校時代の有吉と森脇それぞれの片思いの女の子のあだ名、「猿女房」「ほくろ岩石」の「猿」と「岩石」をくっつけて出来た。「猿女房」は「猿に似た男の子とつきあっていた」から、「ほくろ岩石」は「岩石みたいなほくろが顔にあった」からついたあだ名とされる。なお、有吉は、ブレイク後、オール巨人からは正式に「破門」となっている。巨人は有吉に対して「有吉も辛かったんだろ。」と、ねぎらいの言葉をかけた。

猿岩石 ゴーーール! - YouTube

土田晃之

 (1613379)

1992年に対馬盛浩と二人で「U-turn」を結成。
ボキャブラ天国で、ネプチューン、爆笑問題らと出演して、知名度を上げるが、1999年に1度だけ「爆笑オンエアバトル」に出演したが、342KBで7位オフエアになるなど実力はイマイチだった!?
52 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • 2021/2/20 13:39

    古坂大魔王もいるんだが(かつては「底ぬけAIR-LINE」というトリオ【後にコンビ】だった)。

    g 2018/11/17 19:33

    B21スペシャルは解散していませんよ。

    すべてのコメントを見る (2)

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

劇団ひとりの恋愛妄想狂時代

劇団ひとりの恋愛妄想狂時代

日本生まれアラスカ育ち、黒人やクマとの死闘。愛と涙の恋愛妄想。剣道、ボクシング、柔道など格闘技 経験し、修学旅行では他校のヤンキーにカラまれ、サングラスの下で目を光らせた。
RAOH | 1,660 view
つぶやきシロー『リモコンの電池を換えてて、ちょっとでもテレビに気を取られると、あれ?新しい電池どっちだっけってなるね。』発売中!

つぶやきシロー『リモコンの電池を換えてて、ちょっとでもテレビに気を取られると、あれ?新しい電池どっちだっけってなるね。』発売中!

Xフォロワーは約100万人!約15年にわたる “つぶやき” の傑作が待望の書籍化!!『リモコンの電池を換えてて、ちょっとでもテレビに気を取られると、あれ?新しい電池どっちだっけってなるね。』が、発売中です。
劇団ひとり  喜劇と悲劇は紙一重

劇団ひとり 喜劇と悲劇は紙一重

高校生のとき、「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の素人参加企画に応募し、テレビ初出演。そのままプロの世界へ。ハードボイルドに生き抜いた若手時代。
RAOH | 353 view
【春やすこ】漫才コンビ春やすこ・けいことしてご活躍!カムカムエヴリバディの出演や かつて披露した官能シーンなど!

【春やすこ】漫才コンビ春やすこ・けいことしてご活躍!カムカムエヴリバディの出演や かつて披露した官能シーンなど!

お笑い界のピンクレディーとも呼ばれた漫才コンビ春やすこ・けいこを覚えていますか?春やすこさんに至っては、司会業・女優業などの分野でも活躍されています。今回の記事では、春やすこさんにフォーカスして、その軌跡や代表作品をエッチな目線を加えて振り返っていきたいと思います。
tsukumo2403 | 3,436 view
猿岩石 決して白い雲のように生きていなかった有吉弘行 &フラッとついていった森脇和成

猿岩石 決して白い雲のように生きていなかった有吉弘行 &フラッとついていった森脇和成

広島で生まれた有吉弘行は、高校卒業直前にテレビの規格に応募し、オール巨人の弟子になった。数ヵ月間、数々の失敗を繰り返した上、兄弟子を殴って謹慎処分に。処分中、無断で広島に帰り、同級生の森脇和成を誘って上京し、太田プロ入り。あるときはヒマラマ山脈を登り、あるときはガンジス川を渡り、あるときはゴビ砂漠を超える旅に出るのであった。
RAOH | 5,589 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト