非暴力を貫いた、インド独立の父ガンジーの半生を描いた映画「ガンジー」を振り返ります。
2017年1月26日 更新

非暴力を貫いた、インド独立の父ガンジーの半生を描いた映画「ガンジー」を振り返ります。

映画「ガンジー」は、78歳で暗殺されたガンジーの、青年期から暗殺されるまでが描かれています。イギリス統治下のインドで、戦いではなく、自らの行動で民衆を導いたインド独立の父ガンジー。その非暴力と不服従の半生を、映画と共に振り返ります。

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映画「ガンジー」とは

『ガンジー』(Gandhi ) は、1982年公開のイギリスとインドとの合作映画。製作会社はコロンビア映画で、監督はリチャード・アッテンボロー。脚本はジョン・ブライリー。第55回アカデミー賞作品賞受賞作品。
構想20年、ガンジーを誰が演じるかにこだわり、当時無名の舞台俳優だったベン・キングズレーを抜擢したことで、この映画は完成することができたともいえます。

映画「ガンジー」のあらすじ

南アフリカでの弁護士時代

モーハンダース・カラムチャンド・ガンジーは、インドの恵まれた家に生まれ、ロンドン留学によって弁護士になりました。イギリス領南アフリカで弁護士として開業しますが、人種差別制作により、一等車への乗車を断られます。これに抵抗した若きガンジーは、荷物ごと列車から放り出されてしまいます。このような差別を経験したことから、イギリス領南アフリカでの人種差別政策への反対運動に参加するようになります。
一等車への乗車を拒否される弁護士時代のガンジー

一等車への乗車を拒否される弁護士時代のガンジー

インド時代は、差別されることなどなかったと思われるガンジーは、南アフリカで強烈な被差別体験をし、インド系移民の法的な権利を守る活動に参加することになります。
出典 ameblo.jp

アーシュラマ共同農園の創設

逮捕や投獄なども経験しますが、不正を追及して撤廃させるなどの成功もあり、南アフリカのダーバン近郊にアーシュラマ共同農園を創設します。禁欲、断食、清貧、純潔を実行した経験は、インドのイギリスからの独立運動にも生かされています。
人種差別政策の反対運動に参加するガンジー

人種差別政策の反対運動に参加するガンジー

身分証明のカードを焼き捨てる運動を提唱したガンジーは、非暴力による戦いを信条に、生涯禁欲の誓いを立てます。

インドへの帰国

ガンジーは、イギリスの服を捨て、インド製の綿製品を身につけるという、不買運動を提唱し、インドの糸車を常に持ち歩きました。
インドのボンベイに戻ったガンジーは、英雄として迎えられます。「マハトマ(偉大なる魂)」と呼ばれるようになり、インド国民の精神的な支柱となっていきます。
インド綿を身につけ、インドの糸車で糸を紡ぐガンジー

インド綿を身につけ、インドの糸車で糸を紡ぐガンジー

ガンジーの差別反対運動に、次第にインド人労働者たちも共鳴していくのでした。

非暴力と不服従運動

インドの指導者層は、イギリスからの独立を望んでいましたが、イギリスは言論、宗教、集会の自由を抑圧する法律をインドに適用します。インド国民のイギリスに対する不満が、暴動となって現れますが、ガンジーは断食をおこない、無言の説得をもって暴動を鎮静化させます。その後ガンジーは、イギリスに対する非協力で逮捕、投獄されますが、ガンジーに同情的な判事もいました。
法廷に立つガンジー

法廷に立つガンジー

幾度となく逮捕されたガンジーでしたが、法廷に立つ時にも、法廷内の人々が起立して迎えるなど、尊敬を集めていました。

塩の行進と円卓会議、第二次世界大戦

その後も、イギリスが独占していた製塩事業に対抗して「塩の行進」を行い逮捕され、ロンドンの円卓会議にも出席しましたが、インドの独立はかないませんでした。
第二次世界大戦がはじまり、戦争に反対するガンジーは、アガーカーン宮殿に収容されます。そのガンジーの姿を「ライフ」の女性記者が撮りつづけていました。
ガンジーを撮影する「ライフ」のバーク・ホワイト

ガンジーを撮影する「ライフ」のバーク・ホワイト

西洋文明を否定し、戦争に反対するガンジーを、女性記者バーク・ホワイトは、撮りつづけました。

インドの分裂とパキスタンとの対立

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