【ファンキーな愛すべきルール違反者?】大リーグ【ゲイロード・ペリー投手】
2017年10月7日 更新

【ファンキーな愛すべきルール違反者?】大リーグ【ゲイロード・ペリー投手】

1983年に引退するまでに、大リーグ8球団を渡り歩き、通算314勝をあげた、ゲイロード・ペリーさん。この大投手にはある「疑惑」がかけられています。ご本人は否定も肯定もしていませんが、「魔球」を操り、ファンをとりこにした、「愛すべき」ゲイロード・ペリーさんの疑惑について追ってみました。

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ゲイロード・ペリーさんとは。

ゲイロード・ペリーさん

ゲイロード・ペリーさん

ゲイロード・ジャクソン・ペリー(Gaylord Jackson Perry, 1938年9月15日 - )は、MLBの元選手。ポジションは投手。アメリカ合衆国ノースカロライナ州ウィリアムストン出身。

8球団を渡り歩き、314勝を記録。

1962年にサンフランシスコ・ジャイアンツでデビューし、その後インディアンズ、レンジャース、パドレス、ヤンキース、ブレーブス、マリナーズ、ロイヤルズと、8球団を渡り歩きました。
通算314勝、1983年に引退。
(wikipediaより編集。)

45歳まで現役。

1938年に産まれ、1983年に引退。45歳まで現役という、すごいスタミナを持った投手だったのです。

なぜ45歳まで現役で勝ち続けることができたのか??そこに愛すべき「疑惑」が。

ペリーさんには、ある「疑惑」がかけられています。
それは、野球で明確に「ルール違反」とされているある「魔球」を持っていたことからかけられたものです。
その「魔球」とは、何なのでしょうか。

ものすごい落差の「フォークボール」???。

ペリーさんが、45歳まで現役を続けられたほど勝ち続けることができたのは、若手顔負けの「フォークボール」でした。
ものすごい落差で落ちるフォークボールに、大リーグの並みいる強打者はきりきり舞い。
あまりに不自然にも見えるそのフォークボールの落ち方に、「不正をしているのではないか?」と、バッターが怒り出すほどのすごいボールだったのです。

どんなすごい魔球か、興味のある方は動画をご覧ください。

ゲイロード・ペリーの不正投球(スーパーシンカー)

このものすごい落差。人間業とは思えません。
バッターも怒り狂っています。
(youtubeから引用。リンク切れの際はご容赦ください。)

その「魔球」の名は??。

ペリーさんが疑いをかけられているのは、ルールで禁止されている、「スピット・ボール」を投げたのではないかということです。
スピット・ボールとは、薬用にも使われる「ワセリン」を、指につけて投げる「違法の変化球」のようです。
不正投球
日本球界では2000年6月のブライアン・ウォーレン投手を巡る騒動のように激しく糾弾される不正投球だが、メジャーリーグベースボール (MLB) ではルール上の厳しい罰則は規定されているものの、実際の適用に関しては甘い。
古くから下記のような不正投球は禁忌とされるほどの行為でなく「見破れなかった相手が悪い」「やるならバレないように使うのが礼儀」程度に認識されており、不審を感じた相手チームから激しい抗議があろうとも、審判が現行犯で証拠を押さえない限り、退場処分が下ることは滅多に無い。 同じ不正行為でもドーピング問題のそれとはファンや関係者たちからの扱いにも大きな温度差がある。
最も顕著な例として、ゲイロード・ペリーは以下で述べるスピットボール、エメリーボールの常習者として現役時代から非常に有名な選手だったが、両リーグでサイ・ヤング賞を受賞した史上初の投手となり、野球殿堂にも表彰され、2005年にはサンフランシスコ・ジャイアンツ時代の背番号36が球団の永久欠番となった。他にも、2008年に引退を表明したトッド・ジョーンズも現役時代から「自分は松ヤニを使っている」と公言するなど、メジャーリーグにおいて不正投球はしばしば行われている。
このように、インターネット辞書の「wikipedia」にも、堂々と、「ペリーさんは不正投球をしていた」と書かれています。

しかし同時に、サイ・ヤング賞を両リーグで受賞したという輝かしい歴史もきちんと記載されています。
サイ・ヤング賞とはどのような賞なのでしょうか。
伝説の大投手 デントン・トゥルー・ヤング(Denton...

伝説の大投手 デントン・トゥルー・ヤング(Denton True Young)さん。

デントン・トゥルー・ヤング(Denton True Young)さんは、1890年から1911年まで大リーグで活躍した投手で、通算511勝、年間30勝以上を5回記録しているという、ものすごい方です。
彼のサイクロンのようなうなりをあげる速球を称賛して、「サイ・ヤング」と呼ばれています。
その名を冠した賞を、ペリーさんは1972年と1978年の2回も受賞しています。
(wikipediaより編集。)

もちろん本人は「不正投球をした」と「認めて」はいない。

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