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アクロバット飛行は、「アメリカン・スタイル」と呼ばれる6機編成
ブルーインパルスは、アメリカ空軍の『サンダーバーズを手本とした』と言われている。
基本的な科目構成は、1~4番機によるフォーメーション課目と、5番機と6番機によるソロ課目に大別されている。
この「アメリカン・スタイル」といわれる6機編成は、米海軍の『ブルーエンジェル』も採用している。
反面、ヨーロッパのチームは、比較的多数機フォーメーションが中心となっている。
この「アメリカン・スタイル」といわれる6機編成は、米海軍の『ブルーエンジェル』も採用している。
反面、ヨーロッパのチームは、比較的多数機フォーメーションが中心となっている。
via radiolife.com
1番機がブルーインパルスの編隊長機
1番機は編隊長。LAEDERとも呼びます。ブルーインパルスの編隊を先導する編隊長機。正確な操縦技術が必要で、ベテランパイロットが担当します。
2番機は左翼機。LEFT WINGとも呼びます。1番機の左側に位置。隊形変換などの際には、この2番機が基準になります。
3番機は右翼機。RIGHT WINGとも呼びます。1番機の右側に位置し、ブルーインパルスのチーム内で最も若手のパイロットが担当。2番機の動きや位置に合わせて、対称性を確保します。
5番機のパイロットが第2編隊長
4番機は後尾機。SLOTとも呼びます。1番機の真後ろから、隊形のバランスを整える役割が4番機。1番機の排気が当たるため、過酷なポジションといわれています。
5番機は第1単独機。LEAD SOLOとも呼びます。1番機にトラブルがあった際には、5番機のパイロットが第2編隊長としてブルーインパルスの編隊を統率。また、6番機と一緒にデュアルソロ課目も行います。
6番機は第2単独機。OPPOSING SOLOとも呼びます。ソロ課目や、5番機とともにデュアルソロ課目を担当。デルタ隊形の場合は、4番機の右側に位置します。この情報は『ラジオライフ』2015年7月号に掲載されていました。
ブルーインパルス3つの時代とは?
ブルーインパル3つの時代と言われている「F-86時代」「T-2時代」「T-4時代」。
初の公式展示飛行を実施し、「ハチロク・ブルー」の愛称で東京オリンピックや、万博で大空に夢を描いた「F-86ブルー時代」。
純国産の超音速練習機「T-2ブルー」は、そのスピーディーなパフォーマンスで航空祭やイベントで、展示飛行というジャンルを確立した。
そして、1995年から始まった、現「T-4ブルー」は、今や航空祭のみならず各地のイベントで引っ張りだこと確実にファンを増やしている。
発足から半世紀を超えたブルーインパルスの歴史を振り返って見たいと思います。
初の公式展示飛行を実施し、「ハチロク・ブルー」の愛称で東京オリンピックや、万博で大空に夢を描いた「F-86ブルー時代」。
純国産の超音速練習機「T-2ブルー」は、そのスピーディーなパフォーマンスで航空祭やイベントで、展示飛行というジャンルを確立した。
そして、1995年から始まった、現「T-4ブルー」は、今や航空祭のみならず各地のイベントで引っ張りだこと確実にファンを増やしている。
発足から半世紀を超えたブルーインパルスの歴史を振り返って見たいと思います。
【F-86】初代ブルーインパルス(1961.3.4~1981.3.31)
アメリカのサンダーバーズに影響を受けた初代機体、ハチロク!
F-86は、アメリカ合衆国のノースアメリカン社が開発したジェット戦闘機。愛称はセイバー(Sabre)である。
ブルーインパルスの初代機体でもあり、1964年東京オリンピックにて大空に五輪旗を描いたことでも有名で、長く活躍したことから、愛称「ハチロク」と呼ばれて親しまれた。
ブルーインパルスの初代機体でもあり、1964年東京オリンピックにて大空に五輪旗を描いたことでも有名で、長く活躍したことから、愛称「ハチロク」と呼ばれて親しまれた。
via blogs.c.yimg.jp
噂の東京マガジンより「1964年東京オリンピック時のブルーインパルスパイロット達の裏話」 - YouTube
50回以上練習しても成功事例が無く、二日酔いで本番に臨んだら成功したのだそうです。
via www.youtube.com
【不慮の事故】想像以上に過酷な空でのパフォーマンスでは。。。
■F-86時代の事故
・1961年7月21日
加藤3佐が、単機リーダー訓練中に伊良湖畔沖に墜落して殉職。
ブルーインパルス初の事故となる。
・1965年11月24日
ソロ機がテイクオフ・ロール時に墜落、城丸2尉が殉職。
・1961年7月21日
加藤3佐が、単機リーダー訓練中に伊良湖畔沖に墜落して殉職。
ブルーインパルス初の事故となる。
・1965年11月24日
ソロ機がテイクオフ・ロール時に墜落、城丸2尉が殉職。
1981年2月8日 F-86ブルーインパルス「ザ・ラストショー」 - YouTube
入間基地で1、F-86ブルーインパルスとしての最終公式展示飛行が実施された。
via www.youtube.com
【T-2】2代目ブルーインパルス(1982.1.12~1995.12.22)
国産の超音速練習機「T-2」
T-2は、日本・航空自衛隊の高等練習機。三菱重工業が製造。初飛行は1971年(昭和46)7月20日。日本が初めて開発した超音速航空機である。2006年(平成18)3月2日に岐阜基地・飛行開発実験団のT-2特別仕様機(59-5107)が引退し、初飛行から35年の歴史に幕を閉じた。大抵は「ティーツー」と呼ばれ愛称は無い。
(引用:wikipedia)
(引用:wikipedia)
via pds.exblog.jp
超音速機であるT-2を使用していた時代は、大柄な機体とスピード感によるダイナミックなアクロバットで人気を集め、中でも離陸時に炎の尾を引くトーチングはT-2時代の特徴の一つでした。
【T-2】のカラーリングは一般公募!採用されたのはナント!
ナント!女子高生4人の合作によるデザイン案が採用された!
そのデザインは、「F-86ブルー」を全く意識していないシャープで斬新なデザインで、機体形状にマッチしている。
そのデザインは、「F-86ブルー」を全く意識していないシャープで斬新なデザインで、機体形状にマッチしている。
via www.mod.go.jp
F-86ブルーをイメージさせるカラーリング。