人生最後の瞬間まで演技し続けた女優、イングリッド・バーグマンのよもやま話【前編】
2018年6月27日 更新

人生最後の瞬間まで演技し続けた女優、イングリッド・バーグマンのよもやま話【前編】

あなたはヨーロッパと米国のハリウッドで活躍したイングリッド・バーグマンという女優をご存知でしょうか? 大体名前だけはご存知か、又は、名前すらご存知ないか、どちらかだろうとは思いますが、中には良くご存知の方もおられたり・・・。私も以前は”名前だけ派”だったのが、大学時代の米国留学でこの女優の映画をいっぱい見るようになり、すっかりファンになりました。そんな彼女の魅力についてお話できればと思っています。

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女優、イングリッド・バーグマンの墓碑銘には、「この女性は人生の最後の日まで演技しつづけた。素晴らしい女優ここに眠る」と刻まれているそうな!!

イングリッド・バーグマンのポスター

イングリッド・バーグマンのポスター

イングリッド・バーグマン(典: Ingrid Bergman, 1915年8月29日 - 1982年8月29日)は、ヨーロッパとアメリカで活躍したスウェーデン出身の女優。なお、Ingrid Bergman はスウェーデン語ではインリド・ベリマン [ˈɪŋːrɪd ˈbærjman] と発音される。

本名 Ingrid Bergman
生年月日 1915年8月29日
没年月日 1982年8月29日(67歳没)
出生地 スウェーデン、ストックホルム
死没地 英国、ロンドン
国籍 スウェーデン
職業 女優
活動期間 1932年 - 1982年

アカデミー賞を3回、エミー賞を2回、トニー賞の演劇主演女優賞の受賞経験があり、AFI(アメリカ映画協会)選定の「映画スターベスト100」の女優部門では第4位となっている。エンターテインメント界の歴史に燦然と名を残す、レジェンドであり、大女優中の大女優である。

孤独な環境の下で幼少期を過ごす!!

イングリッド・バーグマンは1915年8月29日に父親のユタス・ベリマン(「バーグマン」は「ベリマン」の英語読み)と母親のドイツ人、フリーデル・アドラー・ベリマンの長女として、スウェーデンのストックホルムでこの世に生を受け、当時のスウェーデン王女イングリッド・アヴ・スヴェーリエにちなんでイングリッドと名付けられた。
幼少期のイングリッド(父親と母の遺影)

幼少期のイングリッド(父親と母の遺影)

バーグマンは3歳の時に母親を、13歳の時に芸術家でカメラマンだった父親を失った。父親の死後バーグマンは叔母に引取られたが、この叔母も心臓合併症のために6カ月後に死去してしまう。そしてバーグマンは5人の子持ちの叔母フルダと叔父オットー夫妻の家に身を寄せた。このような孤独な環境の反動から演劇に惹かれるようになったのではなかろうか?!。
14歳の頃

14歳の頃

生前の父親はイングリッドをオペラ歌手にすることを望んでいたが、本人の回想によると、「最初から女優の道に進むことを夢見ていた」という。彼女は、誰もいない父親の写真スタジオで亡き母のドレスを身にまとって一人芝居を演じることもあった。バーグマンの父親は死去するまで、誕生日には毎年バーグマンの写真を撮影していたそうだ。ストックホルム女学校在学中には、学校劇に出演、演出も担当したという。

まずは自国で名を馳せる!!

イングリッドが初めて出演した映画『ムンクブローの伯爵』...

イングリッドが初めて出演した映画『ムンクブローの伯爵』の一場面

イングリッドが17歳のときに、ストックホルムの王立ドラマ劇場 (en:Royal Dramatic Theatre) の役者になるためのオーディションに参加し、みごと合格した彼女は、国からの奨学金を受け王立ドラマ劇場付属の演劇学校へ入学した。しかし、この演劇学校の規則が厳格で、「外部の作品に出演不可」という不文律のため、一年後に、映画女優に専念するために通っていた演劇学校を退学してしまう。退学後に彼女が得た最初の出演作は1935年に公開された『ムンクブローの伯爵』であった。
その後バーグマンは、1941年にジョーン・クロフォード主演で『女の顔』という題名でリメイクされることになる『女の顔 (sv:En kvinnas ansikte)』(1938年)の主役アンナ・ホルムを始め、12本のスウェーデン映画に出演したほか、ドイツ映画の『4人の仲間 (de:Die 4 Gesellen)』(1938年)にも出演している。このように、米国で女優として成功をおさめる以前から、スウェーデンでも名を馳せた女優だったと言える。

ついにハリウッドデビュー!!

別離 Intermezzo - Trailer

イングリッドが初めてアメリカに渡ったのは1939年のことで、アメリカ映画『別離』(1939年)に出演するためだった。『別離』はバーグマンが主演した1936年のスウェーデン映画『間奏曲』の英語版リメイク作品で、『間奏曲』がハリウッドのプロデューサーのデビッド・O・セルズニックの目にとまり、同作品のリメイク『別離』の主演スターとして招かれて39年に渡米する。
『別離』は大きな興行的成功を収め、バーグマンは一躍人気女優となった。成功した原因のひとつとして、まずはイングリッドのその清楚かつ侵すべからざる美貌。それも極めて自然体かつ健康な女の美しさ。当時のハリウッドでは、女優は美しくあるために、過度のメイクアップ・整形・矯正は当たり前。しかし、バーグマンは、いっさい受け付けず、眉毛の一本も抜かず映画の大画面に登場した・登場できた女優なのだった。まさしく正統派の美人女優であり、理知的であり、柔和であり情感豊かであり、恋に燃え上がりながらもその美は押しつけがましくなく、女らしさ満載ながらセックスアピールを売りとしていない。巷では「聖女」とも称された。

イングリッドはこの時、既に既婚者だった!!

別離 日本語吹替版

別離 日本語吹替版

実はイングリッドは米国で出演する映画は『別離』が最初で最後で、すぐにスウェーデンに戻るものと思い込んでいた。何故ならば、自分が英語をろくに話すことができないことで、アメリカの観客からの受けも不明瞭だったことと、実は1937年に結婚し、夫で歯科医師のペッテル・リンドストロームをスウェーデンに残しており、1938年に生まれた一人娘であるピアとともにイングリッドの帰国を待っていたという背景もあったためだった。イングリッド自身も一躍人気になり評価されると、ハリウッドに定住し、夫や娘も米国に呼んで家族との幸せな時間をそれなりに過ごすようになった。

ちなみに、このDVDがなんと¥540円だとは、びっくりした!!
『ジキル博士とハイド氏』の予告編より。1941年。

『ジキル博士とハイド氏』の予告編より。1941年。

1941年にイングリッドは『四人の息子』、『天国の怒り』、『ジキル博士とハイド氏』の3本のアメリカ映画に出演し、どの作品も大きな成功を収めた。翌1942年には、現在でもイングリッドの代表作と目されている『カサブランカ』でハンフリー・ボガートと共演した。『カサブランカ』の舞台はナチスの影響力が及ばない中立地帯であるフランス領モロッコのカサブランカで、イングリッドはポール・ヘンリードが演じた反ナチス地下組織の指導者ヴィクター・ラズローの妻である美しいノルウェー人女性イルザ役を演じた。

Ingrid Bergman - Casablanca / カサブランカ 1942

世評とは裏腹にイングリッド自身は『カサブランカ』に必ずしも満足しておらず「私は多くの映画に出演し、中には『カサブランカ』よりも重要な役も演じてきたつもりです。しかし人々が話題にしたがるのはボカートと共演した映画のことばかりなのです」と語ったことがある。しかし後になってイングリッドは「すでに『カサブランカ』は独り歩きしている映画なのでしょう。人々を惹き付ける不思議な魅力を持つ作品で、映画に求められていた想いを十分に満足させることができる作品と言えます」とも語っている

『カサブランカ」の超有名セリフ!!

ハンフリー・ボガートと共演した『カサブランカ。1942年。

ハンフリー・ボガートと共演した『カサブランカ。1942年。

「昨日どこにいたの?」Where were you last night?
「そんな昔のことは覚えていない」 That's so long ago. I don't remember.
「今夜会える?」Will I see you tonight?
「そんな先のことは分からない」I never make plans that for ahead.
ボギーが女につれなくしているセリフ。ハードボイルドの男は素っ気ないのだ。女に冷たいのだ。女が悲しい顔をしても知らんふりなのだ。(一度でいいから女房にこんなセリフを言ってみたい!!!)

沢田研二 カサブランカダンディ

ちょいと話が逸れますが、映画『カサブランカ』から、沢田研二のこの曲を連想するのは私だけだろうか!?
”♪♬ボーギー、ボーギー、あんたの時代はよかった~♬♪”。

誰が為に鐘は鳴る For Whom The Bell Tolls (1943)VHS/Laserdisc Release Trailer

さて、話を元に戻すと、イングリッドは1943年に、自身初のカラー映画作品となる『誰が為に鐘は鳴る』にマリア役で出演し、初めてアカデミー主演女優賞にノミネートされたが、この時は逃してしまう。舞台はスペイン山中。スペイン内戦時、アメリカ人志願兵とゲリラのスペイン娘とのたった4日間の極限状態の恋をゲーリー・クーパー(Gary Cooper 1901-1961)とイングリット・バーグマンが演じている。

『誰が為に鐘は鳴る』は、アメリカの文豪アーネスト・ヘミングウェイの同名小説『誰がために鐘は鳴る』を原作とした映画であるが、パラマウントで映画化される時、原作者たるヘミングウェイが「この役を演じるのはバーグマン以外にありえない」と言い切ったそうだ。ヘミングウェイはイングリッドと面識はなかったが、アメリカでの初主演作『別離』で彼女のことを知っていたのである。数週間後この二人は顔を合わせ、イングリッドのことを理解したヘミングウェイは「貴女はマリアだ!」と叫んだという。
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「人生最後の瞬間まで演技し続けた女優、イングリッド・バーグマンのよもやま話【前編】」の続編だ。前編ではイングリッド・バーグマンが誕生してからハリウッドで活躍して、アカデミー主演女優賞などを受賞した頃までの紆余曲折をお話したが、この後がまた前半以上の波乱万丈の人生を送るとは、誰が予想できたであろうか!?

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