【高島忠夫】は波乱万丈の芸能人生!「イエーイ!」の掛け声でお馴染みの芸能一家
2019年6月28日 更新

【高島忠夫】は波乱万丈の芸能人生!「イエーイ!」の掛け声でお馴染みの芸能一家

芸能一家「高島家」の長、高島忠夫。「新東宝スターレット」から芸能界入りし、芸能活動60年以上。その人生はまさに波瀾万丈。おしどり夫婦として知られている寿美花代との結婚生活から闘病生活までの高島忠夫を追ってみます。

2,909 view

高島忠夫さん、老衰で死去 88歳

映画から舞台、司会など幅広く活躍し、「イェーイ」の決めぜりふでも知られる俳優の高島忠夫さんが26日、老衰のため自宅で亡くなったことが分かりました。88歳でした。

所属事務所の東宝芸能が28日、報道各社にファクスで発表で公表しました。
かつてのフジテレビ系「ゴールデン洋画劇場」の解説が懐かしく思い出されます。
在りし日のお姿を偲び、心からご冥福をお祈りいたします。

"八つ墓村" - 解説高島忠夫 (ゴ-ルデン洋画劇場) + CM

芸能界きってのおしどり夫婦、高島忠夫・寿美花代の夫婦。
息子(政宏・政伸)も俳優として活躍しており、もっとも有名な芸能一家として常に人々の関心を集めてきた高島一家。

一家の大黒柱である忠夫がうつ病を患ってしまい、その後一時的に復帰したものの、表舞台から姿を消してしまっている。そんな高島一家の長である高島忠夫の活躍を振り返ってみたい。

デビューは、「新東宝スターレット」

 東宝争議から新たに設立された新東宝。その新東宝がニューフェイスを売り出すために「新東宝スターレット」を募集し、その第1期生の中に若き高島忠夫もいた。
 本名の高嶋を高島に変えて芸名を高島忠夫とし、1952年の映画「恋の応援団長」で映画デビューを果たす。1950年代~60年代にかけて100本以上の映画に出演をしており、「坊ちゃんシリーズ」は特に当たり役となって人気俳優となっていった。
高島忠夫の坊ぼん罷り通る

高島忠夫の坊ぼん罷り通る

1963年に宝塚女優であった寿美花代と結婚

番組スチール ごちそうさま 高島忠夫/寿美花代さん

番組スチール ごちそうさま 高島忠夫/寿美花代さん

女優の寿美花代とは、1961年に寿美が司会のテレビ番組『季節のミュージカル』にゲスト出演したことから知り合い、2年間の交際を経て、1963年に結婚。
妻の寿美とはおしどり夫婦のイメージ通りに夫婦げんかをしたことがなかったそう。

二人の仲睦まじい様子がよく見られたのは、テレビ番組「ごちそうさま」であった。
1971年に始まったこの番組は、高島夫妻がゲストを招き、料理を紹介する番組で1996年に司会が交代するまで高島夫妻の司会で放送されていた。
しかし、そんなおしどり夫婦に悲劇が訪れる。
1964年に長男の道夫ちゃんが生後5カ月で殺害されてしまう。なんと犯人は当時の住み込みで働いていたお手伝いの少女だった。寿美花代は、今でもこの事件を忘れることが出来ず、お風呂に入っても湯船に浸かることは出来ないと打ち明けている。

テレビ・バラエティーの司会として大活躍!

高島忠夫の司会と言えば、「クイズ・ドレミファドン」とゴールデン洋画劇場が有名。

「クイズ・ドレミファドン!」では、テンション高くまくし立てるような司会ぶりが好評で、この番組で頻繁に使っていた親指を立てたポーズの「イエーイ!」のフレーズは、今でも高島忠夫いや高島ファミリーの代名詞となっている。

「ゴールデン洋画劇場」の司会は、まだ映画をブラウン管の前で家族みんなで楽しんでいた時代に映画スターでもあった高島忠夫の起用は秀逸であった。「日曜洋画劇場」の淀川長治、「金曜ロードショー」の水野晴郎とこの3名の映画解説は今でも記憶している人は多いと思われる。

ヤングチームとアダルトチームに分かれて解答をするクイズ番組「クイズ!年の差なんて」では、アダルトチームの重鎮として活躍、ヤングチームから「イエーイ!」と名前ではなく愛称で呼ばれて親しまれていた。

忘れてならないのは、「アメリカ横断ウルトラクイズ」の総合司会を第1回~12回まで務めている。福留功男や福澤朗が務めていたのは「出題・海外リポーター」で総合司会はスタジオで進行をしていた高島忠夫であった。
史上最大!第7回アメリカ横断ウルトラクイズ(1983年)

史上最大!第7回アメリカ横断ウルトラクイズ(1983年)

アルコール依存、うつ病の発症、パーキンソン病など、闘病の日々

「うつ」への復讐

「うつ」への復讐

闘病中、ぼくは母の死を2年半知らされずにいた。そして、妻は家中の包丁を隠した…。高島忠夫を襲った重度のうつ病。母親の死を知らされずにいた経緯と家族の苦悩。5年余りの闘病生活を克明に、ありのままに綴る。
1970年代半ばに暴飲暴食によって、糖尿病を発症。一時は体重が120kg近くになったが、和食中心の食事にして3年後に体重を70kg台に落とし、ダイエットに成功する。
しかし、やせた頃から飲酒を再開し、不眠症と酒と睡眠薬に頼って眠る日々が続いてしまい、アルコール依存症となっていた。

その後、1998年に母親の入院やレギュラー番組での司会交代などがきっかけで重度のうつ病となってしまい、「ゴールデン洋画劇場」などを降板し治療に専念する。翌年に仕事復帰し、2003年ごろから徐々に芸能活動を再開している。

自身のうつ病との闘病生活を綴った書籍(「うつ」への復讐)を出版。その後、書籍をドラマ化し日本テレビで放送された。
その後は、パーキンソン病を発症し、2013年に『独占密着!真実の高島ファミリー「忠夫さん、死ぬまで一緒やで」〜寿美花代・献身愛で闘う夫の病〜』が放送され5年ぶりのテレビ出演となった。

その後、2017年に初孫が誕生したが、メディアへの出演は無くなっている。

高島一家で勢ぞろいした姿を

高島忠夫も88歳となり、奥様である寿美花代も87歳となっている。
日本の芸能界を支えたと言っても過言ではない「高島ファミリー」が勢ぞろいした姿は2013年のテレビ出演以降無くなってしまっている。

不仲説が囁かれている政宏・政伸の従姉妹でもある高嶋ちさ子を含めた高島ファミリーの勢ぞろいする姿をテレビの中で見られる日が来ることを祈って。
21 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

戦国時代を題材にした映画・TVの中で「上杉謙信」を演じた印象に残る俳優たち②【1980年代中盤~1990年代中盤】

戦国時代を題材にした映画・TVの中で「上杉謙信」を演じた印象に残る俳優たち②【1980年代中盤~1990年代中盤】

「戦国時代を題材にした映画・TVの中で「上杉謙信」を演じた印象に残る俳優たち①【1960年代中盤~1980年代初期】」の続編です。読者の方は、「上杉謙信」と聞くと何をイメージされますか? イメージされることは結構多いとは思われますが、私の場合は、「川中島の戦い(4回目)」という修羅場において、武田信玄と壮絶な一騎打ちを演じているイメージですね!?。 やはりこれは映画・テレビの見すぎでしょうか(^_^;)??
「ウルトラクイズ」がお茶の間に帰ってくる!ファミリー劇場にて2か月連続クイズ特集!

「ウルトラクイズ」がお茶の間に帰ってくる!ファミリー劇場にて2か月連続クイズ特集!

伝説のクイズ番組「『史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ』がお茶の間に帰ってきます!CSファミリー劇場で5/11(木)から第8回大会の放映を開始します!2が月連続のクイズ特集なので、クイズ好きな方は是非!
世界初!KISS(キッス)メンバー所蔵の記念品を公開する催しが開催!会場では衣装や楽器などを展示!

世界初!KISS(キッス)メンバー所蔵の記念品を公開する催しが開催!会場では衣装や楽器などを展示!

世界初のKISS(キッス)メンバー所蔵のメモラビリア(記念品)を公開するエキシビション「KISS EXPO TOKYO 2016 ~地獄の博覧会~」がラフォーレミュージアム原宿にて10月13日から10月31日まで開催される。
イニシャルトークの元祖【バナナ大使】 誰?誰?…気になって仕方なかった芸能界裏話!

イニシャルトークの元祖【バナナ大使】 誰?誰?…気になって仕方なかった芸能界裏話!

ゲストとのイニシャルトークが話題を呼んだ「MOGITATE!バナナ大使」。司会は「Y・K」、初期はビーバップハイスクールの「S・K」も出演!…"イニシャルトーク"はこの番組からはじまった!?
鼻から牛乳 | 7,641 view
【主演は松方弘樹】HOTEL赤川一平こと高嶋政伸のあのフレーズではじまるドラマ

【主演は松方弘樹】HOTEL赤川一平こと高嶋政伸のあのフレーズではじまるドラマ

「姉さん、事件です!」当時多くの人びとが、このフレーズを乱用していた時期もあったほど、90年代に一世を風靡した人気ドラマ『HOTEL』。高嶋弟のオーバーリアクションと1話完結のハッピーエンドドラマHOTELを振り返る。

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト