via www.sanspo.com
1987年(昭和62年)ごろから山瀬まみが、アイドルとしては花が開ききらなかったが、三枚目的な受け答えもこなすタレント性があり、バラエティー番組等で重宝するアイドル=バラドルと呼ばれ始め、それを追随するように松本明子・森口博子らと共にクローズアップされ『元祖バラドル』『バラドルのパイオニア』の一人として名を連ねるようになった。
40歳を過ぎた現在もバラエティー番組出演時には全盛期と同じキャラクターを発揮する稀有な存在といえる。
via image.topicks.jp
【続きの後半】ゴールデン・アロー賞「グラフ賞」の歴代アイドル・女優・グラビアアイドル(1990年から2007年) - Middle Edge(ミドルエッジ)
その年に最も雑誌のグラビアを飾り話題を提供した被写体が受賞者に選出されるゴールデン・アロー賞「グラフ賞」。1998年度(第36回)受賞の優香以降は、グラビアアイドルの登竜門的な賞となっていました。いずれもその時代を反映したフォトジェニックであり、受賞者を改めて見ることで一般大衆が求めるグラビアの傾向やその推移が見て取れます。1990年から2007年までの受賞者を振り返っていきましょう。
群馬県甘楽郡下仁田町出身。身長160cm。血液型はA型。未婚。一人っ子。
堀越高等学校卒業。1984年(昭和59年)の第9回ホリプロタレントスカウトキャラバンで12万人の中からグランプリを獲得(鈴木保奈美、相原勇も参加)し、1985年(昭和60年)の春、4月21日にアイドル歌手としてキャニオン・レコードより85年一押しアイドル歌手デビュー。
デビュー曲は『瞳の誓い』(本人出演ライオンBan16シリーズ 1985年度CMソング)。CMではサビの部分の歌詞を変え ♪ 私夏のヒヤシンスなの ♪というバージョンが流れた。当時のキャッチフレーズは「井森美幸16歳、まだ誰のものでもありません」。
オリコン週間チャート最高位32位を記録し順調なスタートを切った。また、同曲ではメガロポリス歌謡祭で優秀新人エメラルド賞を受賞。同期には本田美奈子.、中山美穂、芳本美代子、斉藤由貴、南野陽子、森口博子、浅香唯、松本典子、森下恵理、佐野量子、おニャン子クラブ、森川美穂などがいる。
デビュー2年目の1986年、テレビドラマ『遊びじゃないのよ、この恋は』(1986年(昭和61年)、TBS)の主演に抜擢された。大手ホリプロのアイドルとして強くプロモートされたが、アイドル歌手としては芽が出なかった。尚、同ドラマ挿入歌『恋は理解力』で大幅にセールスダウンしてしまった。
(出典:Wikipedia「井森美幸」)