「私をスキーに連れてって」時代の人気RV、サーフ&テラノ
2018年1月13日 更新

「私をスキーに連れてって」時代の人気RV、サーフ&テラノ

昨今のバブル時代ブームもあって、この冬のスキー関連のCMは、1990年前後を感じさせるものが多いですが、自動車における「スキー」「バブル」といえば、クロカン4WDを忘れることはできません。今回は、時代の主役・三菱パジェロを追いかけた二大メーカーのトヨタ・ハイラックスサーフと、日産テラノを取り上げます。

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小型トラックがベースの2ドアRV

トヨタのクロカン4WDといえば、今も昔もランドクルーザーが代表車種ですが、日本では長いこと山岳部の公用車や山林関係などが使う特殊なクルマで、今日のように一般的な存在になったのは1990年代のRVブームの頃に製造されていた80系からです。それでも上級グレードはクラウンよりも高価でしたので、一般的ではありませんでした。

1990年前後に最も人気だったのは、ハイラックスサーフでした。マークⅡくらいの価格で購入でき、ボディサイズも当初は5ナンバー枠に収まっていたので、取り回しも何とかなったのです。
1983年に登場したハイラックスの4WDモデル

1983年に登場したハイラックスの4WDモデル

ハイラックスサーフは、その名の通り、ピックアップトラックのハイラックスがベースです。ハイラックスは1968年に登場した小型ピックアップトラックで、海外にも輸出されていました。昨年、日本でも販売が再開されたのは記憶に新しいところです。

ハイラックスはもともと後輪駆動のトラックでしたが、1979年に4WDが追加されました。アメリカでは、ウィネベーゴインダストリーという架装メーカーにより、荷台にFRP製のシェルを架装したウィネベーゴ・トレッカーが1981年に発売されました。これがハイラックスサーフの原型といわれています。
1984年に登場した初代ハイラックスサーフ

1984年に登場した初代ハイラックスサーフ

トラックに付け足したようなFRP製の後席の屋根が、アメリカンな感じで格好良かった。
1983年11月にハイラックスがフルモデルチェンジし、ウィネベーゴ・トレッカーのコンセプトを盛り込んだモデルを「トヨタ4 Runner」としてアメリカ向けにラインナップしました。

1984年5月には、日本向けにも発売を開始。全車4ナンバーのライトバン扱いで、エンジンはいずれも直列4気筒のガソリン2000ccと、ディーゼル2400ccがラインナップされました。同年11月にはディーゼルターボも追加されています。FRP製の屋根は脱着できましたが、日本向けは運輸省(現・国土交通省)の認可が下りず、外した状態での公道の走行はできません。
後ろから見ると、ボディとは違うFRP製の屋根が分かりやすい

後ろから見ると、ボディとは違うFRP製の屋根が分かりやすい

リアウインドウは下に下がり、テールゲートに格納された。
1985年には4輪リーフリジッド式から、フロントサスペンションのみダブルウィッシュボーンに変更されました。1986年8月のマイナーチェンジで5ナンバー車のワゴンを追加。ATも設定されました。

クロカン四駆専門誌、「CCV」の動画

初代サーフが荒れ地を駆ける。1分20秒頃からは、後ろのFRP製の屋根を外した姿も見られる。

4ドアが追加され、人気の頂点に

1989年5月のフルモデルチェンジで、ハイラックスサーフは2代目になります。トラックは前年の1988年11月にフルモデルチェンジしてますが、2WDと4WDでフェンダーやライトまわりのデザインが異なっていました。サーフは、トラックの4WDに準じたデザインで登場しました。

特筆すべきは、4ドア車の追加です。時代はRVブームで、パジェロが大ヒットしていました。ランドクルーザーでは価格帯が高く、ボディも大きいため、パジェロに対抗するのは難しかったですが、2代目サーフは5ナンバー枠に収まるボディ、200~300万円台の価格帯、そして4ドアの使い勝手の高さから大ヒットし、「サーフ」と呼ばれて親しまれました。
1988年にフルモデルチェンジしたハイラックスの4WD...

1988年にフルモデルチェンジしたハイラックスの4WD・ピックアップモデル

写真はフロントグリルのマークがトヨタのCIマークになった後期型。
エンジンは、ワゴン車はガソリン2000ccとディーゼルターボ2400cc、ライトバンはディーゼル2800ccでした。1990年度に税制が変更になり、2000ccを越えるガソリン車の自動車税が大幅に下がりました。これをうけ、1990年8月には既に海外向けでは設定されていたV型6気筒ガソリン3000ccが日本向けにも追加されました。また、ディーゼルターボ2400ccにはATも追加されました。
4ドアが追加され、一躍人気車種になった2代目ハイラック...

4ドアが追加され、一躍人気車種になった2代目ハイラックスサーフ

初期型はフロントグリルにTOYOTAの文字が入る。
1991年8月のマイナーチェンジで、フロントグリルのエンブレムがトヨタの現在も使われている新しいCIマークに変更されました。また、ワイドフェンダーを採用し、それまで設定のなかった背面スペアタイヤを付けた3ナンバー車が設定されました。

サーフと言えば、この時代のモデルを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。筆者もこの時代のインパクトが一番強く残っています。カタログでは、ビーチやスキーを楽しむカップルの写真が並んでいて、新しい時代のデートカーとしての側面も伺えます。
マイナーチェンジで、フロントグリルがトヨタのCIマーク...

マイナーチェンジで、フロントグリルがトヨタのCIマークに変更された

2ドアモデルもあったが、4ドアと同様に屋根はボディと一体のスチール製になった。ボンネット先端のミラーも懐かしい。

赤いボディの2代目サーフが駆けるテレビCM

この頃になり、ようやくクロカン4WDもテレビCMが一般的になってきた。

都会的なデザインで人気だったテラノ

一方日産では、小型トラックのダットサンを1985年にフルモデルチェンジし、先代で途中から追加された4WDが当初から設定されました。

そして翌86年8月、ダットサントラックをベースにした4WDワゴン「テラノ」が発売されました。成り立ちはハイラックスサーフと似ており、ダットサンの後方をワゴンスタイルにした2ドア車ですが、サーフと違ってボディは一体になっていました。5月に海外でパスファインダーとして発売ののち、日本でも発売されました。
登場時のテラノ

登場時のテラノ

当初は2ドアのみだったが、アメリカのデザインスタジオでデザインされた窓形状が個性的で、1980年代半ばから流行しはじめた、都会のRV志向に合致した。
日本向けは、当初は直列4気筒の2700ccディーゼルエンジンのみでしたが、1987年10月にはV型6気筒3000ccのガソリンエンジンを追加。4速ATも設定されました。翌88年11月には、2700ccディーゼルエンジンにターボ搭載車を設定。また、ディーゼルでもATを選択できるようになりました。

RVブームに乗って人気を集めたテラノは、1989年10月に4ドアを追加し、日産の販売力もあって人気車種となります。外観の特徴は、リアドアハンドルが窓枠にあったことです。近年では日産ジュークやトヨタC-HR、スズキスイフトなどでも見られますが、当時は非常に珍しい、個性的なデザインでした。
追加された4ドアモデル

追加された4ドアモデル

利便性の高さと四駆を待ちわびる日産ファンの期待に応え、ヒット作となった。後席のドアハンドルも個性的だった。
1993年1月に行われたマイナーチェンジでは、オーバーフェンダーを装備して3ナンバー幅のボディとしたワイドボディを追加。また、日産のCIマークを付けたフロントグリルに変更されました。同年10月には、ダットサントラックと共通の角張ったダッシュボードを、丸みのあるものに変更。1994年11月にはディーゼルエンジンの出力向上が施されました。一方で、3ドアは廃止され、4ドアのみになりました。
ダットサントラックと共通のダッシュボード

ダットサントラックと共通のダッシュボード

直線的なデザインは、当時の日産車に共通のものだった。

バブルの崩壊で両者とも消滅へ

ハイラックスサーフとテラノは、1995年に揃ってフルモデルチェンジします。

まず9月に2代目テラノが登場。ボディは4ドアのみとなり、V型6気筒3300ccガソリンエンジンと直列4気筒2700ccディーゼルターボを搭載しました。ボディは標準タイプでも3ナンバー幅となり、ダットサントラックから独立しました。

一方、ハイラックスサーフは12月に登場。V型6気筒3400ccガソリンエンジン、直列4気筒2700ccガソリンエンジン、直列4気筒3000ccディーゼルターボをラインナップ。こちらも標準ボディでも3ナンバー幅となりました。
3代目になったハイラックスサーフ

3代目になったハイラックスサーフ

高級感は増したが、時代が変わりはじめ、2代目ほどのヒット作にはならなかった。
しかし、この頃になるとバブルの崩壊に加え、RVブームも終焉を迎え、ミニバンは一般化した一方で、クロカン4WDは斜陽の時代に入ります。ハイラックスサーフ、テラノともに価格を抑えた2駆車(FR車)を追加しましたが、需要の減少は避けられず、テラノは2002年8月に発売を終了。ハイラックスサーフは2002年に4代目にフルモデルチェンジをしますが、ハード面はランドクルーザープラドをベースにした、より硬派なものになりました。しかし、こちらも日本国内向けは2009年8月に発売を終了しました。
2代目となったテラノ

2代目となったテラノ

初代ほどの個性はなく、そつのないデザインだった。通常のテラノのほか、海外へはインフィニティブランドで輸出された、豪華仕様のテラノレグラス(写真)も追加された。
気が付けばなくなっていたサーフとテラノ、どちらもバブル時代を象徴するクルマのひとつだったといえるでしょう。昨今の大きな4WDを見るたびに、この時代の4WDがサイズ、価格、車格ともにちょうどよかったなぁ、と懐かしく、羨ましく思います。
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