1965年生まれの人気女性歌手たち
名前 | 生年月日 |
---|---|
井上あずみ | 1965年2月10日 |
吉田美和 | 1965年5月6日 |
中森明菜 | 1965年7月13日 |
石井明美 | 1965年8月26日 |
神野美伽 | 1965年8月30日 |
柏原芳恵 | 1965年10月1日 |
谷村有美 | 1965年10月17日 |
アイドル歌手としてデビューしたのは・・・
デビュー時に、"アイドル" として売り出した歌手は3人。
まずは柏原芳恵で、1980年6月1日にシングル『No.1』でデビュー。当時は "柏原よしえ" 名義で、まだ14歳の中学生でした。その2年後、中森明菜も "花の82年組" の一人として、1982年5月1日にシングル『スローモーション』でデビュー。続く『少女A』、『セカンド・ラブ』が大ヒットし、トップアイドルへの道を駆け上っていきました。
そしてもう一人が、井上あずみ。『となりのトトロ』や『天空の城ラピュタ』など、ジブリ映画の主題歌を歌う歌い手として有名ですが、最初はアイドル歌手としてのデビューでした。1983年4月21日、"井上杏美" の名義でシングル『STAR STORM』でデビュー。アイドル時代は、小川知子の『ゆうべの秘密』のカバー、黛ジュンの『天使の誘惑』のカバーなども歌っていました。
まずは柏原芳恵で、1980年6月1日にシングル『No.1』でデビュー。当時は "柏原よしえ" 名義で、まだ14歳の中学生でした。その2年後、中森明菜も "花の82年組" の一人として、1982年5月1日にシングル『スローモーション』でデビュー。続く『少女A』、『セカンド・ラブ』が大ヒットし、トップアイドルへの道を駆け上っていきました。
そしてもう一人が、井上あずみ。『となりのトトロ』や『天空の城ラピュタ』など、ジブリ映画の主題歌を歌う歌い手として有名ですが、最初はアイドル歌手としてのデビューでした。1983年4月21日、"井上杏美" の名義でシングル『STAR STORM』でデビュー。アイドル時代は、小川知子の『ゆうべの秘密』のカバー、黛ジュンの『天使の誘惑』のカバーなども歌っていました。
柏原よしえ
No.1
via www.youtube.com
中森明菜
【公式】中森明菜「少女A(from『はじめまして』)」【2ndシングル(1982年7月28日発売)】Akina Nakamori /Shojyo A
via www.youtube.com
井上杏美
井上杏美 Star Storm
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オリコン年間1位を獲得したのは・・・
オリコンシングルチャートで、年間1位となる歴史的ヒット曲を歌ったアーティストは2人。
一人が、石井明美。1986年8月14日にリリースしたデビューシングルの『CHA-CHA-CHA』が、テレビドラマ『男女7人夏物語』の主題歌に起用され、ドラマの盛り上がりとともに爆発的なヒットを記録しました。1986年度の年間ナンバーワン曲です。
そしてもう一人が、吉田美和。正確には、吉田美和がボーカルを務めるDREAMS COME TRUEの楽曲『LOVE LOVE LOVE』で、これまたテレビドラマ『愛していると言ってくれ』の主題歌として、驚異的なヒットを記録しました。1995年度の年間ナンバーワン曲です。
一人が、石井明美。1986年8月14日にリリースしたデビューシングルの『CHA-CHA-CHA』が、テレビドラマ『男女7人夏物語』の主題歌に起用され、ドラマの盛り上がりとともに爆発的なヒットを記録しました。1986年度の年間ナンバーワン曲です。
そしてもう一人が、吉田美和。正確には、吉田美和がボーカルを務めるDREAMS COME TRUEの楽曲『LOVE LOVE LOVE』で、これまたテレビドラマ『愛していると言ってくれ』の主題歌として、驚異的なヒットを記録しました。1995年度の年間ナンバーワン曲です。
石井明美
CHA-CHA-CHA
via www.youtube.com
吉田美和
DREAMS COME TRUE「LOVE LOVE LOVE」
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シンガーソングライターとして活動しているのは・・・
自ら歌うだけでなく曲作りも行っている、いわゆる "シンガーソングライター" は2人います。吉田美和と谷村有美です。
吉田美和は、DREAM COMES TRUEの全楽曲の作詞を手がけており、作曲は、吉田美和の単独、中村正人の単独、吉田美和と中村正人との共作というパターンがあります。作詞・作曲ともに吉田美和が手がけた楽曲は、『未来予想図II』、『晴れたらいいね』など。
谷村有美は、デビュー当初は、自身の楽曲だけでなく他の著名作曲家が作曲した作品も歌っていましたが、アルバムのリリースを重ねるごとに、ほぼ全曲を自身で作詞・作曲するようになりました。ただ、2001年を最後に、シングル、アルバムの新たなリリースはありません。(ベストアルバムを除く)。
中森明菜も、1990年代以降に作詞を行うようになり、一例として、2003年のアルバム『I hope so』では、4曲の作詞を手がけました。"Miran:Miran" は、作詞家・中森明菜のペンネームです。
吉田美和は、DREAM COMES TRUEの全楽曲の作詞を手がけており、作曲は、吉田美和の単独、中村正人の単独、吉田美和と中村正人との共作というパターンがあります。作詞・作曲ともに吉田美和が手がけた楽曲は、『未来予想図II』、『晴れたらいいね』など。
谷村有美は、デビュー当初は、自身の楽曲だけでなく他の著名作曲家が作曲した作品も歌っていましたが、アルバムのリリースを重ねるごとに、ほぼ全曲を自身で作詞・作曲するようになりました。ただ、2001年を最後に、シングル、アルバムの新たなリリースはありません。(ベストアルバムを除く)。
中森明菜も、1990年代以降に作詞を行うようになり、一例として、2003年のアルバム『I hope so』では、4曲の作詞を手がけました。"Miran:Miran" は、作詞家・中森明菜のペンネームです。
吉田美和
DREAMS COME TRUE - 晴れたらいいね (from DWL 2011 Live Ver.)
via www.youtube.com
谷村有美
谷村有美 - いちばん大好きだった (Official Music Video)
via www.youtube.com
結婚相手は・・・
井上あずみは、1999年にミュージシャンの今尾公祐と結婚。現在、今尾は、井上と娘の今尾侑夕が所属する芸能事務所の代表を務めています。
吉田美和は、長年、ある映像ディレクターと事実婚の関係にありましたが、2007年に死別。2012年に、約20歳年下で、ミュージシャンのJUONと結婚しました。JUONは、1974年のヒット曲『私は泣いています』を歌った "りりィ" の息子です。
石井明美は、初婚の相手はドラマーの男性でしたが、2013年に創作和食店で料理長をしている男性と再婚しました。
神野美伽は、1999年に、22歳年上で作詞家の荒木とよひさと結婚。2015年に離婚し、2024年に一般男性と再婚しています。
柏原芳恵は、20歳以上年上の男性と事実婚関係にあるとたびたび噂になっていますが、今のところ結婚したという情報はありません。
谷村有美は、2002年に、17歳年上で実業家の原田泳幸と結婚。原田は、アップルコンピュータジャパンの社長、日本マクドナルドのCEOなどを歴任しており、たびたびメディアにも登場しているのでご存じの方は少なくないでしょう。
吉田美和は、長年、ある映像ディレクターと事実婚の関係にありましたが、2007年に死別。2012年に、約20歳年下で、ミュージシャンのJUONと結婚しました。JUONは、1974年のヒット曲『私は泣いています』を歌った "りりィ" の息子です。
石井明美は、初婚の相手はドラマーの男性でしたが、2013年に創作和食店で料理長をしている男性と再婚しました。
神野美伽は、1999年に、22歳年上で作詞家の荒木とよひさと結婚。2015年に離婚し、2024年に一般男性と再婚しています。
柏原芳恵は、20歳以上年上の男性と事実婚関係にあるとたびたび噂になっていますが、今のところ結婚したという情報はありません。
谷村有美は、2002年に、17歳年上で実業家の原田泳幸と結婚。原田は、アップルコンピュータジャパンの社長、日本マクドナルドのCEOなどを歴任しており、たびたびメディアにも登場しているのでご存じの方は少なくないでしょう。
吉田美和の夫・JUON
JUON - “あいしてる”って言えなくて [Official Music Video]
via www.youtube.com
その他のトリビア
石井明美は、X JAPANのYOSHIKI、Toshiと館山市の公立中学校で同級生でした。
神野美伽は、プロポーションが良かったせいか、デビュー当時「週刊プレイボーイ」などのグラビアページでビキニ姿を披露していました。
井上あずみの娘、今尾侑夕(旧芸名:ゆーゆ)も歌手です。幼児の頃に歌った『6さいのばらーど』は、2012年にNHK『みんなのうた』で放送されました。
神野美伽は、プロポーションが良かったせいか、デビュー当時「週刊プレイボーイ」などのグラビアページでビキニ姿を披露していました。
井上あずみの娘、今尾侑夕(旧芸名:ゆーゆ)も歌手です。幼児の頃に歌った『6さいのばらーど』は、2012年にNHK『みんなのうた』で放送されました。