いよいよ大会が始まり、ジャックは108メートルの潜水を成功させ、世界の頂点に立つ。その夜、ジャックとジョアンナは初めて愛を確かめ合うが、深夜ジョアンナが目を覚ますとジャックの姿はなく、海でイルカと泳いでいた。そんな彼を見てジョアンナはニューヨークに戻ることを決意する。
大会に自慢の車でやってきたエンゾ(中)と弟のロベルト(左)
潜水の能力を生かし、1万ドルをせしめたエンゾだが、ボロボロの愛車は乗り換えずに塗装をしただけだった。スーツは買い揃えるが、エンゾを探す為にお金を使った。
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イタリア人のガキ大将・エンゾ(左、ジャン・レノ)
幼少期、ギリシャ時代からのガキ大将。
ジャックを胸板が薄い、フランス人のチビと罵倒するが、潜水においてはライバルと認めている。
また、ジャックに愛や女を偉そうに語るが、強面のママには滅法弱い。ママが作ったパスタ以外にパスタを口にしただけで、ママから雷が落ちる。
ジャックを胸板が薄い、フランス人のチビと罵倒するが、潜水においてはライバルと認めている。
また、ジャックに愛や女を偉そうに語るが、強面のママには滅法弱い。ママが作ったパスタ以外にパスタを口にしただけで、ママから雷が落ちる。
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エンゾは彼らが幼い頃を過ごしたギリシャで行われる第14回国際フリーダイビング大会で、ジャックと最後の対決をしようと決心するが、人間の限界を超えた行為に異議を唱えるローレンス博士の忠告で大会の中止が決定。だが、エンゾはそれを振り切って深海を目指し、そしてジャックも彼の後を追った……。
解釈が複雑なラストシーン
ラストで自分の子を身ごもったジョアンナに、残酷にも、海の底へと自分を引き込むウエイトのロックを外させ、深い夜の海へと沈んでいくジャック。深い海の中で自分が愛してきたイルカに導かれるようにロープを離れて深遠な海に泳ぎ出していくジャック。
ラストシーン。独り漆黒の海に潜り、イルカに誘われ、消えていくジャック
エンゾの死後、ベッドでイルカの幻想と戯れるジャック。
突如、ジャックは海へと駆けていく。ジョアンナの呼びかけにも無言。
大会の潜水ゲート。
ジョアンナから妊娠したと告げられるが、ジャックは無言のまま握手だけをして、海中へと潜っていった。
「行きなさい 私の愛を見てきて」とジョアンナは送り出した。
突如、ジャックは海へと駆けていく。ジョアンナの呼びかけにも無言。
大会の潜水ゲート。
ジョアンナから妊娠したと告げられるが、ジャックは無言のまま握手だけをして、海中へと潜っていった。
「行きなさい 私の愛を見てきて」とジョアンナは送り出した。
「行って見てきなさい、愛しい人」という和訳もあり得る
このラストのセリフには、"Go, Go and see my love."ではなく
"Go, Go and see, my love."なのではないか?という、もう一つの説があります。
「私の愛を確かめてきて」なのか「行って見てきなさい、愛しい人」なのか。
いずれにしても愛する男を送り出す行為には変わりなく、どちらをとってみるにしても彼女の愛の形を様々に思い巡らせることができ、この映画に相応しいエンディングのセリフだと私は思っています。
生きることで、その場に共にいるだけで、愛が永遠に続くという幻想を抱かせないフランス映画が私は好きです。生きる場所が違う、生き方が異なる二人の愛の形をそれぞれが認め、海に帰る者と地上で生きる者の決断をラストに見せるのです。
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ジョアンナに話した人魚の物語が伏線だった
ジョアンナも、ジャックがイルカの虜になっていることに愛想を尽かし、ニューヨークに戻ってしまう。しかし、ジョアンナの思いは募る一方。電話でジャックと話をする。ジャックが人魚の話をはじめる。
「人魚と暮らすには、深い海に潜るんだ。
深すぎてブルーは消え青空も思い出となる。
海底の静けさの中でじっと沈黙して―
人魚のために死んでもいいと決意すると―
人魚たちがその愛を確かめに近づいてくる。
その愛が真実で―
純粋で人魚の意にかなえば―
僕を永遠に連れていく。」
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モデルは実在したジャック・マイヨールとエンゾ
本作は、実在の世界的フリーダイバー、ジャック・マイヨールとエンゾ・マイオルカをモデルにした以外、ストーリーはほぼフィクションである。
劇中の時代設定は、1980年代後半になっているが、実際の彼らが記録を競ったのは1960年代後半から1970年代前半である。
マイヨールと恋仲になる女性は架空の人物。