清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督5 「NOTHING TO LOSE」
2017年3月28日 更新

清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督5 「NOTHING TO LOSE」

2004年度、早稲田大学ラグビー部は、全国大学選手権で優勝。 日本選手権でも社会人チーム:タマリバクラブを撃破したが、トップリーグチーム:トヨタ自動車には惨敗した。 2005年度の目標は、「打倒・トップリーグ」だった。

1,377 view

2006年2月12日 、早稲田大学ラグビー部は社会人、トップリーグのトヨタ自動車ヴェルブリッツ に勝利した。

2005 ULTIMATE CRASH

 (1812633)

2005年1月9日、早稲田大学ラグビー部は、全国大学選手権で優勝した。
快進撃は、日本一のラグビーチームを決める日本選手権でも続き、2005年2月5日、 日本選手権1回戦で、社会人チーム:タマリバクラブを撃破した。
しかし2005年2月12日、 日本選手権2回戦では、トップリーグチーム:トヨタ自動車に惨敗した。
2005年3月1日、新シーズンがスタートすると、清宮克幸監督は、新キャプテンに、佐々木降道を指名した。
佐々木降道

佐々木降道

5年前の春、清宮は啓光学園の主将だった佐々木隆道のプレーとリーダーシップに目を奪われた。
そして初対面でこういった。
「お前、早稲田受けるだろ」
佐々木は清宮に圧倒された。
「怖いおっちゃんやなぁ。
俺に決定権はないんか。」
キャプテンとなって早々、佐々木隆道は、単身、ラグビー留学のためオーストラリアに旅立った。
期間は1ヶ月~1ヶ月半の予定だった。
国内の早稲田大学ラグビー部本隊は、各々与えられたメニューを消化しつつ、佐々木の帰国後、春の終わり頃から、本格的なチームづくりを開始する予定を立てられた。
 (1812605)

2005年3月2日~4日、全部員を対象に、監督、コーチとの個人面談が行なわれた。
それぞれが思いを書いた資料を提出し、今年度への決意と方向性を新たにした。 
2005年3月22日、2005年度のファーストミーティングが行われた。
監督5年目となる清宮は、昨シーズンの長所と短所、それを踏まえた上で、今年、目指すスタイルをプレゼンテーションし、今シーズンの進むべき道が提示した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

☆ミッション☆
・ラグビーを通じて世の中に夢と希望、感動を与える
・夏までに昨年のチームを超える-『Target2004』
・創造と鍛錬による常勝集団となる

☆チームスローガン☆
・ULTIMATE CRASH(アルティメットクラッシュ)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

人工芝グラウンド

 (1812606)

2005年3月29日、上井草のグラウンドのサブグラウンドが人工芝に改装された。
限りなく天然芝に近い人工芝:最高級フィールドターフが導入され、その高い安全性(適度の衝撃吸収性による骨や筋肉への負担軽減、摩擦による火傷もしない)と、優れた性能性が大きな特長である。
これで雨の中の練習や芝生の養生を気にする必要がなくなった。
そしてメイングラウンドの天然芝も綺麗に養生された。
これでメイングラウンドは天然芝、サブグラウンドが人工芝というラグビーをするのには最高の環境になった。

韓国遠征

第7回 佐々木隆道が帰ってきました!(本人より) | 早稲田大学ラグビー蹴球部公式サイト (1812624)

2005年4月22日、オーストラリアにラグビー留学していた佐々木隆道キャプテンが帰国。
しかし2週間後には、彼を含むAチームは、韓国へ遠征し高麗大学との対戦が、国内に残るBチーム、Cチーム、Dチーム、Eチームは、今シーズン初の部内対抗戦で、のし上がるチャンスが待っていた。
2005年5月4日、早稲田大学ラグビー部、Aチーム22名とスタッフ8名は渡韓。
ソウルのコリアナホテル到着後、試合前後のセレモニーの段取り、また試合会場は元来、サッカーグラウンドで人工芝のため、どうやってもラインが消えず、サッカーとラグビーのラインが混在しているため、もし間違ってトライした場合は、間違った奴が悪いなど、早稲田、高麗の双方の首脳陣が明日の試合に関して打ち合わせをした。
2005年5月5日、高麗大は韓国の大学王者で、キャプテンを含む3名が現役の韓国代表だったが、早稲田は、42-33で勝った。

危機感

 (1812629)

2005年6月12日、伝統の早慶戦が初めて宮崎県で行われた。
宮崎県総合運動公園陸上競技場のスタンドは満員。
観客数はなんと10000人。
慶応ボールのキックオフ。
このボールを慶応:山縣がクリーンキャッチ。
そこからの連続攻撃で一気に早稲田のゴール前へ。
3分、フォワードの密集戦から慶応の千葉が先制トライ。
14分、早稲田がモールでトライ。
17分、早稲田がラインアウトから独走しトライ。
その後、慶応の山崎がペナルティからの早い仕掛けでトライを返すも、またもや早稲田がトライし31-10で前半を終えた。
後半13分、慶応キャプテン:竹本のタックルで早稲田キャプテン:佐々木が負傷退場。
25分、大黒柱を失った早稲田から慶応はモールでトライ。
28分、慶応の青貫がシンビン。
14人になった慶應は踏ん張りきることができず早稲田は立て続けに3トライ。
55-17でノーサイド。
慶応は「今年は早稲田1本で戦う」というプランを立てていて、すごい気迫で試合に臨んでいた。
前に出るディフェンス、低く突き刺さるタックルなど、要所、要所でいい場面もあったが、これを80分間継続させることはできなかった。
一方、早稲田は、2週間後には関東学院戦が控えていたが、負傷退場となった佐々木は膝は靭帯を痛め全治6週間の診断が下った。
青木佑輔

青木佑輔

関東学院大戦を目前に控え、かつ不発に終わった慶応戦を反省し、早稲田大学ラグビー部は熱く激しいトレーニングを行った。
望むのは「勝利」のみだった。
2005年6月25日、三ツ沢公園競技場、早稲田 vs 関東学院.
早稲田にとって春の関東学院戦は重要で、絶対に負けるわけにはいかなかった。
この試合如何でシーズンの計画すべてが変わってくる。
またこの試合でチームの将来がある程度みえてくるのだ。
しかし早稲田は大一番にしてキャプテン佐々木隆道が負傷欠場。
一方、関東学院は、春の練習試合を連戦連勝して、この日まで来ていた。
早稲田にとって佐々木を欠くのは痛手だった。
しかしここで不思議な現象が起きた。
それはバイスキャプテン(副将)青木祐輔だった。
青木は、感情豊かで、涙腺がもろく、この試合前も大泣きした。
青木は下級生からレギュラーだったため、この試合の重要性がわかっていた。
青木の涙は、チームに危機感をあおった。
危機感を持ったチームは土壇場で強かった。
試合開始から、赤黒はマリンブルーを凌駕した。
入魂のタックル。
倒れてもゾンビリムーブ。
ひたすらリムーブしてタックル。
例え抜かれても必死に追いかける。
グラウンドに響き続ける青木佑輔の怒号。
気持ち、意識、反応、すべて早稲田が関東学院を上回りノーサイド、19-7。
 (1813119)

57 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督3 「RAISE UP」

清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督3 「RAISE UP」

2002年度の全国大学選手権で、13年ぶりに優勝した早稲田大学ラグビー部は、新スローガン「RAISE UP(レイズアップ)」を掲げ、オールブラックス(ニュージーランド学生代表)に勝った。 しかしシーズン途中、イラク日本人外交官射殺事件が起こり、よき先輩であり、最強のスローガン「ULTIMATE CRASH」の生みの親でもある奥克彦が殉職され、「やはり俺たちには、アルティメットクラッシュしかない」と気づく。 そして社会人チームに勝利するという16年ぶりの快挙を成し遂げた。
RAOH | 653 view
清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督1 「OVER THE TOP」

清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督1 「OVER THE TOP」

清宮克幸は、大阪府立茨田高校でラグビーを始め、高校日本代表となった。 そして早稲田大学では、2年生で、伝説の雪の早明戦を勝ち、全国大学選手権を優勝。 そして日本選手権でも社会人チームを破って優勝。 4年生で、主将として全国大学選手権優勝し、日本選手権で神戸製鋼に敗れた。 1990年、サントリーに入社し、ラグビー部主将となり、チームを初の日本一に導き、2001年、早稲田大学ラグビー部監督に就任した。
RAOH | 6,593 view
清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督4 「荒ぶる」

清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督4 「荒ぶる」

2003年度、全日本大学選手権決勝で、関東学院にリベンジを許し、王座から引きずり降ろされた早稲田大学ラグビー部は、2004年度、大学日本一を取り返すことを誓った。「荒ぶる」は復活なるか?
RAOH | 662 view
清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督2 「ULTIMATE CRASH」

清宮克幸 早稲田大学ラグビー部監督2 「ULTIMATE CRASH」

2001年度の全国大学選手権決勝で関東学院大学に敗れた清宮ワセダは、「ULTIMATE CRASH(アルティメットクラッシュ)」を掲げ、爆発。 早稲田大学ラグビーが通った後はぺんぺん草も生えないような、究極的な強さを目指し、2002年度の全国大学選手権決勝戦で、関東学院を破って、13シーズンぶりに全国大学選手権で優勝した。 そして早稲田ラグビーフィーバーが始まった。
RAOH | 1,360 view
ラグビー日本代表がキン肉マンと初コラボ!世界最強軍団「オールブラックス」を超人パワーで迎え撃て!

ラグビー日本代表がキン肉マンと初コラボ!世界最強軍団「オールブラックス」を超人パワーで迎え撃て!

公益財団法人日本ラグビーフットボール協会は、11月3日(土)に東京・味の素スタジアムで行われる「リポビタンDチャレンジカップ2018」ラグビー日本代表対ニュージーランド代表戦を盛り上げるべく、「キン肉マン」との初のコラボレーションを実施することを決定しました。
隣人速報 | 1,446 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト