2019年12月31日、noteに寄稿
年の瀬、今回はちょっと趣向を変えてミドルエッジが縁となって取り組んだひとつのビジネス事案について。この事案は2019年12月に着地したものの、2017年秋の初動から実に2年もの月日を費やしました。事案の性質上、固有名詞は避けつつも大枠の流れを記載してみたいと思います。
中間制作物の価値を顕在化する
この事案、端的に言えばこのようなモノでした。日本を代表するアニメーション作品の制作過程で生まれた中間制作物を、これまで30年以上にわたって保管し続けた当事者の負託を受けて第三者に手に渡すまでの一連の作業全て。そのきっかけはミドルエッジでのインタビューからでした。
「コンテンツに敬意を抱き、クリエイターの志を理解したいと努める」カッコ良く言えばこのようなミドルエッジのスタンスは、「業界外」の住人が業界を牽引する(した)方々に信頼されるきっかけとなり得ます。様々な業界や価値観と向き合うミドルエッジが、ひとりひとりのクリエイターの志に「共感する」のは正直なところ容易ではありません。様々な角度からその志を俯瞰してしまい、主観を客観に置き換える作業を無意識に行ってしまうからです。さりとて「共感のフリ」ほど虚しいことはありません。一方「理解したいと努める」スタンスに嘘がなければ、どんな方々にも信頼を得られる可能性が生まれます。このスタンスは、時として優秀なビジネスマンが軸とする思考法に矛盾する性質を抱きます。時間当たり生産性では説明が出来ない膨大な時間を当事者とのコミュニケーションに費やすなど、結果から逆算しなければ無駄としかいいようがないプロセスが発生するからです。
保管され続けた膨大な中間制作物に日の目を
これが、この事案において初志貫徹した志でした。当事者であるクリエイターと約1年、信頼関係を築いてきたなかで相談されたのは30年以上前に制作されたあるアニメーション作品の膨大な中間制作物の存在。作品制作の当事者であったことは既知であるものの、数千枚に及ぶ膨大な中間制作物の存在を聞かされたのは無論初めてのことでした。「やがて世界の国々が注目するであろう当該作品の制作過程を、後進育成や文化資産を守る目的で保管し続けた。」という志を話していただき、同時にこれらの保管物を志に共鳴する第三者に譲りたい(売却したい)という意を託されたのです。
志とビジネスをともに成立させる
正直、難易度は高くタフな精神力が求められることとなった本事案。およそ2年のうち前半は営業準備、後半が営業に費やされました。準備にあたり大事だったのは当事者の志を理解する半面で「正当に所有する権利を有しているか」を確認する作業。最終的には法的書面まで整えることになりましたが、著作権を有する法人格と所有権を持つ個人が異なる場合、この点を明確にすることはもっとも大切な作業といえます。権利を明確にすること自体に加えて、後の営業活動において一番数多く質問される事項だからです。そしてこの作業の難易度は、現在まで大切に保管を続けてきたクリエイター個人が、後ろ指をさされることを恐れて手放すことが出来ずに滅失する、あるいは何らかの経緯を辿ってオークションに散逸するだけの流れを抜本的に変えることが出来ない要因になっていると感じます。
また、非常に多くの時間を割いたのは営業提案にあたっての価格設定。大変に高額な価格となることが当初より予測出来たこと、加えて当事者の志の高さが「将来は間違いなく世界の宝となる。」といった主観と併存してしまうがゆえに、こと価格設定において「将来期待を織り込んだ高値で売りたい。」欲求と近似することとなりました。
しかし確認出来る流通が極めて少なくかつ膨大な量の保管物を「当事者の望む志を抱く相手に売却する」目的のためには、客観的にみて保守的で既成事実のみを前提とする価格設定を施し、一方では有効活用や誠実保管の項目を遵守出来る(その遂行に足る資力を持つ)相手を見定めての営業提案とすることで、当事者に理解を求めることが大切でした。
当事者の志を重視して本事案を請け負った立場からは「将来的には絶対〇〇円以上にはなるのだから、それをいま△△円で仕込めるなんて絶対にオトクだ。」的なセールストークは完全に封じ込みたい意図がありました。これは後の営業活動において頻繁に直面した資産運用目的の美術品購入候補者や、そこに導く仲介の役割を託したブローカーの特性や嗜好を肌で感じながら、本事案が売却という活動主旨をもちながらも承継の意を多分に含んでいることを認識し、彼らの先で成就することはないだろうというスタンスをとっていたからです。
この時点で営業のフォーメーションについても触れておくと、本事案では志とそれを裏付ける豊かな資力を誇る相手を探すのに、仲介者の力を借りることを必要としました。購入候補者やその正規の代理人に直接提案することは、本事案を請け負った時点で当方にはない営業ルートだったからです。結論から言えば、今後は購入候補者か正規の代理人と直接コミュニケーションをとる(正確には仲介者を%マージンなど直接の利害関係者に含まない)形を徹底すべきと考えます。仲介者は時としてスタンスを変更し、リスクリターンの認識がブレる懸念があるからです。
営業準備段階では膨大かつ入念な段取りを踏んだ後、それらを正確に伝えることが出来るよう、いよいよ営業提案段階に進みます。プレゼンテーション用の資料準備などですね。ここでは「保管物の説明」「現在価格の論拠」「将来価値向上のための期待施策」を端的に盛り込みます。全ての工程のなかで、もっともやる気が起こるパートです(笑。このパートにこそ、本事案の負託を受けた者の段取り力と考え方が反映されるのです。
本事案で扱った保管物については誰もが知る知名度を誇ったため、仲介者を通じて「興味がある」という購入候補者の登場は数多くありました。金額にして億を下らない高額な事案であったにも関わらずです。しかしながら上記「保管物の説明」「現在価格の論拠」「将来価値向上のための期待施策」を的確に理解し、地に足の着いた交渉フェーズに入ることが出来た候補者はごくわずかでした。そのほとんどの場合、当事者を引き合わせることなく当方でお断りすることとなるのですが、それは売買当事者間で志を真に共有出来ることが、本事案においてもっとも高いハードルで会ったことを意味します。
もっとも多い候補者は「転売」を意図する目的を持っており、そのことを包み隠したまま交渉を進めたがる相手です。この場合、前述の通り仲介者の存在が真実を把握するうえでは非常に障害となり、「購入候補者にどこまで的確な情報が届いているのか」以前に、保管を続けた当事者の志に適う相手を探す努力を怠っている(資力のみでの判断)ケースに手を焼くことが大半でした。この判断を誤って売買を成立させた場合、その後の保管物がどのような運命をたどるのか、その顛末によっては志を持って保管を続けたことが後の人々から誹りを受ける可能性もあり、営業フェーズにおいてはもっとも腐心する事柄となりました。
十分な流通によってマーケットが洗練されてきた不動産や株式、オルタナティブ投資、既存美術品などと比べて、美術品の一ジャンルに括れるとしても今後マーケットが形成される確たる保証もない中間制作物。現在は「購入⇒売却⇒購入」を繰り返すフェーズでなく、本事案のように「人知れず長期保管⇒最初の売却」を切り拓くフェーズにあります。代理人、仲介者への適切なマージン設定含めて営業ルートの何もかもが未整備であり、その分言ったモノ勝ちのブローカーが手を挙げやすい現場の反面、長期保管した意図に沿う出口を探すという、これは非常に買い手を選ぶ作業でした。
営業活動はハナから海外も視野に入れて取り組みました。北米、中国、欧州、中東、そしてもちろん国内。世界レベルで著名な資産家や巨大な法人、誰もが知る美術館にもプレゼンテーションを行いました。そんな活動の試行錯誤の先に、100年でも200年でも保管し続けることを表明する篤志家との出会いがありました。それが最終的にご縁があった先で、売買で終わりでなく始まり。つまり、価値を高め続けるための活動をともに行っていくというスタンスでの最初の出口到達となりました。
所有権を移転した後、世界中の美術館や大学に展示や活用提案をするなど有用な目的での営業活動を新たな保管者から引き続き負託される。新しいマーケットを切り拓くためには、売買だけでなくその後も価値向上に資する活動をビジネスに出来る有難い立場だと思います。
準備から含めるとおよそ2年の月日を要した本事案は、ひとつの区切りを迎えたとともに新たな出発点に立つことが出来ました。「過去を形に」ミドルエッジの抱く理念を具現化する作業のひとつと心得、引き続きマーケットを切り拓いていきたいと思います。やがては固有名詞含めて開示出来る日が来ることでしょう(笑。
所有権を移転した後、世界中の美術館や大学に展示や活用提案をするなど有用な目的での営業活動を新たな保管者から引き続き負託される。新しいマーケットを切り拓くためには、売買だけでなくその後も価値向上に資する活動をビジネスに出来る有難い立場だと思います。
準備から含めるとおよそ2年の月日を要した本事案は、ひとつの区切りを迎えたとともに新たな出発点に立つことが出来ました。「過去を形に」ミドルエッジの抱く理念を具現化する作業のひとつと心得、引き続きマーケットを切り拓いていきたいと思います。やがては固有名詞含めて開示出来る日が来ることでしょう(笑。
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