2019年9月9日 更新
【訃報】波乱万丈の作家・安倍譲二さん死去。彼の規格外のエピソードを振り返る。
自身の刑務所での体験を描いた「塀の中の懲りない面々」などで知られる作家・安部譲二さんが、急性肺炎のため、東京都内の自宅で亡くなっていたことが明らかとなりました。82歳でした。
波乱万丈の作家・安倍譲二さん死去。
自身の刑務所での体験を描いた「塀の中の懲りない面々」などで知られる作家・安部譲二さんが、急性肺炎のため、東京都内の自宅で亡くなっていたことが明らかとなりました。82歳でした。
第一報はこちらです。
暴力団→前科14犯→作家の道へ。
安部さんは1937年、東京市(現:東京都品川区)生まれ。麻布中学在学中に暴力団「安藤組」の幹部の舎弟となり、以来暴力団員として「前科14犯」を自称していました。その後、暴力団から足を洗い作家としてデビュー。1986年には自伝的小説「塀の中の懲りない面々」が大ヒット、一躍売れっ子作家の仲間入りを果たしました。
作家としてだけでなく、タレントとしても活躍していました。
「塀の中の懲りない面々」は1987年に藤竜也主演で映画化され、こちらも大ヒットを記録。その後も「ちんぴら渡世」「俺達は天使じゃない」といったヒットを飛ばす傍ら、タレントとしてテレビ出演んもこなしていました。そんな安部さんですが、2015年に大腸がんのため手術を行い、以降は静養を続けていました。葬儀は既に近親者のみで済ませているとのことです。
異色過ぎる作家・安部譲二の規格外のエピソード!!
テストで橋本元首相を答案をカンニング!?
名門として知られる麻布中学時代の同級生には、ポマードで有名な橋本龍太郎元首相がいます。安部さんは橋本を見て「頭が良さそう」とその鋭い嗅覚で感じ取り、試験では橋本の後席を定位置として「カンニング」に勤しんだそうです。
6つの高校を転々とする!
そんな麻布中学も、暴力団の舎弟となったことで麻布高校への進学は拒否された安部さん。その後ロンドンに留学したのですが、そこでは他の留学生とハレンチな言動を繰り返し日本に戻らざるを得なくなります。そして慶應義塾高校に入学したのですが、そこでは早稲田大学の学生と乱闘騒ぎを起こし除籍処分に。その後も様々な高校を転々とし、結局高校を卒業出来たのは22歳のことでした。
暴力団員なのに日本航空に入社!
1959年、22歳で保善高校定時制を卒業した安部さん。その後、23歳で日本航空に入社し、客室乗務員として勤務し始めました。しかしその一方で暴力団への所属は継続しており、仕事で理不尽なことがあると暴力に訴えてしまったことから、暴力団の構成員であること、さらに前科3犯で執行猶予中であることがバレてしまい、1965年に退社せざるを得なくなりました。
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