2016年7月28日 更新

バブルの申し子、角川映画「天と地と」。50億円もの制作費を投じた戦国絵巻とは?

武田信玄と上杉謙信の有名な戦い、川中島の合戦を、上杉謙信側から描いた不朽の大作。6万人以上のエキストラを動員し、カナダロケまで敢行した、超大型戦国時代劇「赤と黒のエクスタシー」を振り返る。

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作品紹介

1990年6月公開。川中島の合戦を描いた角川春樹監督映画。

原作は海音寺潮五郎。主に歴史上の人物を取り上げた作品が多い。
今までの川中島の合戦を描いた作品は、武田信玄側からの視点で描いたものがほとんどですが、海音寺の「天と地と」は上杉謙信側から描いた珍しい作品となっています。
原作では、謙信の生涯を描いています。

映画は、上杉側の兵士を「黒」、武田側の兵士を「赤」色に統一するというアイデアで、「赤と黒のエクスタシー」のキャッチコピーで一躍有名となりました。
また、巨額(50億円以上)の制作費を使用したこと、6万人以上のエキストラを投入したことでも大きな話題になりました。
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【あらすじ】
天文十七年(一五四八年)時は戦国下克上、家臣が主人を倒し、内親同士で相争う乱世の只中、遠く都を離れた北国、越後でも新たな戦いが始まろうとしていた。守護代の位にありながら政務をおざなりにした兄・長尾晴景を討つべく、弟景虎が兵を挙げたのだ。仏教、特に刀八毘沙門天を厚く信仰する景虎は、戦場では軍神の如き冷徹な攻撃ぶりをみせる一方、内心では血を分けた兄に弓をひいた事に対する後悔の念に捉われていた。幼少時より景虎に仕えてきた軍師宇佐美定行は、その迷いを見抜き「乱世の運命からは遁れられぬ」と説くのだった。ある日、景虎は宇佐美の娘であり幼なじみの乃美と十年振りに再会する。日々合戦にあけくれる景虎にとって、乃美とすごす時は安らぎであった。乃美も景虎の身を案じて『龍』の文字の入った陣羽織を贈る。互いに思慕の情が湧くが、乃美の嫁入りという運命がふたりを引き裂いていった。同じ頃、険しい山々に囲まれた甲斐の国で上洛を果たさんと野望を胸に抱く武将がいた。守護大名武田晴信、後の信玄である。息子の太郎義信、側室で女騎馬隊を率いる八重、軍師山本勘介をはじめ屈強の家臣を持つ晴信は、着実に勢力を拡大していた。肥沃な奥信濃は、土地のやせている甲絞にとって是非とも手中に収めたい土地だった。晴信は北上し攻撃を開始する。追われた信濃の領主達は、隣国越後に失地回復を嘆願し、景虎との対決がそう遠くない事を予感していた。景虎はかつての主であった長尾家を裏切り、武田軍の役立てで越後を侵略しようとした昭田常陸介を倒すために兵を挙げる。昭田妻子を捕慮として捉え、城を包囲し降伏を迫るが昭田は景虎の使者を斬り捨て篭城する。宇佐美は覚悟のほどを見せるために妻子を討てと進言するが、景虎は非情になり切れずにためらう。いら立つ宇佐美が首をはね、昭田を陥落させたが、景虎の心には一国の主としての己のありかたに対する疑念が湧く。毘沙堂で真言を唱えながら苦悩する景虎。数日後、景虎は城を捨て、修行僧に姿を変え放浪の旅に出る。後を追う家臣達と雪深い信濃峠で再会するが、偶然にも晴信一行に出くわす。修行僧の姿で頭を下げる景虎たちのもとへ木の枝から落ちた雪の音に驚いた八重の馬が暴走し、杖で制しようとした景虎を成敗しようと斬りかかる太郎義信。その刃から主人をかばい馬廻りの戸倉弥八郎が殺されてしまう。武田側の無礼になすすべもなかった景虎は憤怒に震えながら、武田陣を討たんと決意するのだった。早春の夜、琵琶島城の宇佐美を二人の男が訪ねてきた。甲斐に走った大熊朝秀と武田の名軍師山本勘介だった。こうした会談の場をもったこと自体が、すでに武田に款を通じた証拠と、強弁する勘介の気迫に宇佐美は圧倒されるのだった。そのころ武田勢が甲府を進発したという報が春日山城に届いた。こうして景虎は川中島で死守する態勢をとるのだった。決戦の場、川中島で両雄はついに陣を構えた。景虎側と武田側とが激突し、乱戦を展開する。景虎はそこで武田の士気を挫き、戦国武将として成長してゆくのだった。無念の武田軍団が戦場を去って行く中、衝撃的な報が景虎の本陣に入った。武田の間者が宇佐美の謀叛を示す書状を持って捕まったのだ。心の隙を衝かれた宇佐美は自らの落ち度を認めて景虎と槍で果たし会い討たれるのだった。永禄四年秋、景虎は上杉謙信と改名し、晴信も武田信玄となった。そして両者は再び川中島にて、鬼神のごとく激突するのだった。

川中島の合戦見取り図

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川中島の合戦は5回行われていますが、一番大きな戦いとなった第4次合戦が舞台となっており、一般的にもこの合戦が川中島の戦いの総称として扱われることが多いです。

女武者 八重討ち死に

信玄の側室、八重が女騎馬隊を引き連れ、謙信の陣地へと向かい口上を述べるが謙信の銃弾にあえなく戦死してしまうシーン。
出典 youtu.be

越後の龍《謙信》対 甲斐の虎《信玄》

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数ある戦国時代劇のなかで、唯一大将どうしが刃を交える一幕です。
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謙信(左側 黒)が信玄(右側 赤)の本陣に攻め入り、大将対大将が戦う有名なシーンです。
今作品は馬上対決となっています。

赤と黒のエクスタシー

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この映画の見どころのひとつ、「赤と黒」の合戦シーン(その1)。
6万人以上のエキストラが赤と黒を身にまとい戦うシーンは、今なお語り継がれ、映画史に残る壮大にして圧巻なシーンです。
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「赤と黒」の合戦シーン(その2)。
赤の武田軍を割って通る黒の上杉軍。

小室哲哉

この映画の音楽を担当したのが小室哲哉。
当時も人気があったのですが、これ以降の1990年代、「小室ファミリー」が歌謡界を席巻していきます。

炎-HEAVEN AND EARTH

出典 youtu.be

風林火山と毘沙門天

信玄の軍旗 風林火山

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あまりにも有名すぎる言葉ですね。

疾きこと風の如く
徐かなること林の如く
侵掠すること火の如く
動かざること山の如し

信玄の軍旗に記された名言です。
中国の孫子の言葉を引用したものだと伝えられています。

「風林火山」という言葉は当時存在せず、現代になってから創作されたものと言われております。

謙信の軍旗 毘沙門天

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戦の神、軍神と言われ、北方の守護神でもあります。
謙信はもう一つ「龍」の軍旗も使っていました。
龍=不動明王を意味し合戦の時には「毘」と「龍」この2つを対として用いたと言われております。

豪華な出演者たち

榎木孝明(上杉謙信)

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俳優でありながら絵画の才もあり(武蔵野美大中退)北海道や九州にギャラリーを持っています。
この頃はまだ新人でありながら見事に上杉謙信を演じ、津川・信玄と互角に渡り合っています。

津川雅彦(武田信玄)

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言わずと知れた大物俳優ですね。
信玄役ですが、この映画では出番が少ないです。
当時50歳になろうという年齢ですが、榎木・謙信との馬上決闘シーンは年を感じさせない迫力を醸し出しています。

夏八木勲(山本勘助)

津川・信玄とのツーショット

津川・信玄とのツーショット

角川春樹監督とは親交の厚い名俳優でした。
残念ながら2013年5月に癌のため他界されています。

渡瀬恒彦(宇佐美定行)

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謙信の軍師、宇佐美定行役。
信玄の調略の罠にはまり、謙信との一騎打ちにて最後を遂げます。

渡瀬さん自身は現在胆のうに腫瘍が見つかり闘病中とのことです。

浅野温子(乃美)

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宇佐美定行の娘・乃美役。
謙信と幼馴染で思いを寄せ合っていながら結ばれない、悲しい定めを生きる武将の娘をおごそかに演じています。
その他にも、財前直見、室田日出男、伊武雅刀、風間杜夫、岸田今日子など豪華俳優陣が脇を固めて、見ごたえのある役どころを演じています。

主役の移り変わり

実はこの映画の主役、上杉謙信役は、当初、渡辺謙が演じて実際に撮影がスタートしたのです。しかし、1989年カナダでの撮影中に白血病を患い降板、角川氏がオファーした故松田優作もスケジュールが合わず断念。急きょオーディションを行い、榎木孝明に決定したといういきさつがあります。(松田優作さんはこの年に亡くなりました)

渡辺 謙

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1年もの闘病生活を余儀なくされた重い病からよくぞ立ち直りました。
時代劇から現代劇まで幅広い役どころを演じ、日本のみならずハリウッドまで遠征する世界的スターです。

莫大な制作費

制作費50億円という金額は、純邦画での場合トップに位置する額です。
日米合作での「クライシス2050」や「ファイナルファンタジー」、3部作の20世紀少年を除くと「敦煌」(1988年公開)とほぼ同額首位となります。
どちらもバブルの時代に制作されてますねぇ。やはりバブルの金力なのでしょうか。
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