80年代芸能界隠し子騒動
今も某ミュージシャンや、某俳優など、常に世間を騒がせているお盛んな人はいますが、今よりSNSなどもなく自由に芸能人が遊んでいたとされている1980年代は、「こんな人まで!?」と驚く人まで隠し子騒動を起こしているのです。
via s.webry.info
(注)以下の記事は、あくまでも騒動であり、真意のほどは不明となっています。あくまでも騒動としてご覧ください。
松方弘樹
via gree.jp
昭和の俳優は豪快なイメージがありますが、松方弘樹はその典型ではないでしょうか?1984年に歌手・千葉マリアとの間に男児をもうけ、その4年後、妻である仁科亜希子とは離婚をしています。
松方の実子である仁科克基も仁科仁美も、離婚経験があるだけでなく、色々とワイドショーを騒がせているところを見ると血筋を感じますね。
松方の実子である仁科克基も仁科仁美も、離婚経験があるだけでなく、色々とワイドショーを騒がせているところを見ると血筋を感じますね。
松方 弘樹(まつかた ひろき、1942年7月23日 - )は、日本の俳優・映画監督・映画プロデューサー。本名は目黒 浩樹(めぐろ こうじゅ)。東京府東京市(現在の東京23区)出身。身長173cm、血液型はA型。左利き。個人事務所である株式会社MARE(マーレ)所属。
志村けん
via twitter.com
今も昔の小学生のアイドルである志村けんも隠し子がいた!年齢は不明なものの、既にアラフォーほどになっている隠し子がいるということ。今まで、数々の浮名を流しながら結婚していないことと関係あるのでしょうか?
志村 けん(しむら けん、1950年2月20日 - )は、日本のコメディアン、お笑いタレント、司会者。ザ・ドリフターズのメンバー。旧芸名および中国語での表記は、志村健。本名、志村 康徳(しむら やすのり)。
イザワオフィス所属。身長166.7cm、体重65.3kg。血液型A型。愛称は「志村」「けんさん」「けんちゃん」「しむけん」「ケン坊」など。また桑野信義や上島竜兵、タカアンドトシなどからは「師匠」と呼ばれている。
丹波哲郎
晩年は霊界とコンタクトを取れる俳優でお馴染みだった丹波哲郎も、俳優として脂ののっていた1984年に元女優の江畑絢子との間に子供をもうけた。そして2016年に、その隠し子である森正樹が俳優デビューを行った。
丹波 哲郎(たんば てつろう、1922年7月17日 - 2006年9月24日)は、日本の俳優・芸能プロモーター・心霊研究家。東京府豊多摩郡大久保町(現:東京都新宿区)出身。身長175cm。血液型はO型。
俳優活動は50年以上で出演した映画は外国映画10本を含んだ300本以上に及ぶ名優[1]。テレビドラマでも活躍し、映画製作にも携わった。オールスターの超大作に相応しい映画では常連の一人として、権力者など上層部の人物役で特別出演もした。丹波プロダクション・俳優養成所「丹波道場」を設立して後進の育成も手がけており、宮内洋は丹波の一番弟子である。
心霊学と霊界の研究もし、多数の書籍を著しており、『丹波哲郎の大霊界』はベストセラーとなった。
田中角栄
via twitter.com
昭和の豪快政治家は、下半身も豪快だった!隠し子が発覚したのは、死後遺産相続の際。しかも、1人や2人ではなく、4人もいたとか。それが明るみにならなかったのは、やはり強大な権力を持っていたからでしょうか?
田中 角榮(たなか かくえい、1918年(大正7年)5月4日 - 1993年(平成5年)12月16日)は、日本の政治家、建築士。衆議院議員(16期)、郵政大臣(第12代)、大蔵大臣(第67・68・69代)、通商産業大臣(第33代)、内閣総理大臣(第64・65代)等を歴任した。