【阿波野秀幸】が”トレンディエース”だった頃
2016年11月25日 更新

【阿波野秀幸】が”トレンディエース”だった頃

プロ1年目に15勝し、奪った三振201はセ・パ両リーグ最多。西崎幸広(日本ハム)との新人王レースは熾烈を極め、両投手は「トレンディエース」と呼ばれた。結果は阿波野が新人王に選出されたが、その輝きは3年間と短いものだった。

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チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
近鉄  0 0 0 0 1 0 0 2 1 4 6 0
ロッテ 2 0 0 0 0 0 1 0 0 3 8 0 
近 : 小野、吉井、阿波野 - 山下、古久保、梨田
ロ : 小川、牛島 - 斉藤、小山、袴田
勝: 吉井 10勝2敗24S 敗: 牛島 1勝6敗25S S: 阿波野 14勝12敗1S
本: 近 – 鈴木20号(5回小川) ロ – 愛甲17号(1回小野)
審判:球審…橘、塁審…山本・斎田・村越、外審…山崎・中村浩
試合時間:3時間21分
via 10.19-Wikipedia
ヒーローたちの名勝負 天国と地獄の一日 ~10・19近鉄・阿波野のダブルヘッダー:株式会社NHKグローバルメディアサービス(G-Media) (1550439)

第1試合は4-3とリードして九回を迎え、マウンドに抑えの吉井理人。2日前の阪急(現オリックス)戦で120球を投げて完投していた私は、ブルペンで待機していましたが、肩は作っていませんでした。

 すると先頭打者に四球を与え、代打・山本功児さんにも2球続けてボール。吉井が判定に不満な態度を見せるのは調子が悪い時で、ベンチから「早く準備しろ!」と声が飛びました。もう肌寒い時期だったので、ジャンパーを着たまま急いで数球投げたものの、肩の仕上がりは6-7割。「なるようになれ!」と開き直るしかありません。二死から二塁打と死球で満塁のピンチを招きましたが、1点を守り切り、「力を出し切った。役目は果たせた」と達成感でいっぱいでした。

「10.19」 ダブルヘッダー第2試合

しかし、第2試合に1点リードの8回、高沢秀昭に痛恨の同点本塁打を打たれた。この後、ショックで記憶が飛び、なぜ捕手山下和彦のサインで指示された自分のストレートを信頼できなかったかと悔いが残ったという[2]。
その後9回、無死一・二塁で古川慎一を牽制球で刺した記憶もはっきりしていなかったというが、ここでロッテ監督の有藤道世が判定を巡り9分間にわたって抗議を続け試合は中断したことも影響して、第2試合は引き分けに終わり、近鉄は優勝を逃した。
via 阿波野秀幸- Wikipedia
チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 R H E
近鉄  0 0 0 0 0 1 2 1 0  0  4  9 0 
ロッテ 0 1 0 0 0 0 2 1 0  0  4 11 2 
(延長10回 時間切れ引き分け)
近 : 高柳、吉井、阿波野、加藤哲、木下 - 山下、梨田
ロ : 園川、荘、仁科、関 - 袴田
本: 近 – 吹石2号(7回園川)、真喜志3号(7回園川)、ブライアント34号(8回園川) ロ – マドロック17号(2回高柳)、岡部11号(7回高柳)、高沢14号(8回阿波野)
審判:球審…前川、塁審…高木・新屋・五十嵐、外審…小林一・小林晋
試合時間:4時間12分
via 10.19-Wikipedia
【私の失敗(1)】阿波野秀幸、阪急身売りの知らせにシラけムード (1/2ページ) - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ) (1551001)

非常事態で心の準備もないままグラウンドへ飛び出した第1試合と違い、今度は優勝が目前。「抑えなければ」というプレッシャーで、マウンドへ向かう足取りが重かったことを覚えています。一死後、4番・高沢秀昭さんに左翼席へ同点ソロを運ばれました。チームにとって、引き分けは負けと同じ。途端に力が抜けて、その後の記憶は断片的にしかありません(試合は延長十回、4-4で引き分け、すでに全日程を終えていた西武の優勝が決定)。

 打たれたのは、捕手・山下和彦さんの直球のサインに首を振って選んだスクリューボール。

10.19 伝説のスポーツ名勝負 近鉄VSロッテ3 - YouTube

10.19 伝説のスポーツ名勝負 ダブルヘッダー 7時間33分の死闘 近鉄バファローズVSロッテオリオンズその3
この2試合は朝日放送(大阪)がテレビ中継した。中継の予定がないテレビ朝日は、通常番組を放送していた。しかし、視聴者の要望が強かったため、第2試合の途中(21時)から朝日放送の中継に飛び乗りした。これに伴い、第2試合は全国中継となり、阿波野がうなだれるシーンも画面に映し出された。視聴率は、関西地区が46.7%、関東地区が30.9%に達した。

プロ3年目 リーグ優勝

29試合 19勝8敗1セーブ 完投21 完封5 235 2/3回 183奪三振 防御率2.71

最多勝、最多奪三振、ベストナイン、ゴールデングラブ賞、日本シリーズ優秀選手賞 
1989年は、前年の雪辱を特に意識して迎えたという。終盤、10月12日ダブルヘッダーの第2戦や優勝決定の場面などに登板した。10月12日について、阿波野は10.19でも負けていないことからダブルヘッダーと決まった時点で「よーし」となったと振り返っている。優勝決定の場面では、前年「10.19」での思いからストレートを続けたという[3]。最多勝(19勝)、最多奪三振(183個)のタイトルを獲得し、近鉄の優勝に貢献。同年の日本シリーズでは第1戦・第5戦に先発し同い年の斎藤雅樹と2度も投げ合い、第1戦の完投勝利を含む15イニングを投げ、1勝1敗5失点。優秀選手に選ばれた。
via 阿波野秀幸-Wikipedia

89年近鉄バファローズ優勝決定シーン 阿波野秀幸 - YouTube

最後の打者をすべて直球で空振り三振に仕留めた。

プロ4年目

野球規則8・05(C)は「投手板に触れている投手が塁に送球する前に、足を直接その塁の方向に踏み出さなかった場合はボークとする」とある。
阿波野がプロ4年目の90年から、このボーク判定について、厳格化するという方針になった。この方針の変更が阿波野に重大な影響を与えることとなった。
伏線はあった。阿波野のけん制の“問題点”を指摘したのは、伊原コーチだったという。オープン戦前に目を慣らしに来る審判団に「阿波野のけん制は違反じゃないか」と疑問を投げかけた。審判団もこれまであまり気にしてこなかったけん制時の足の向きについて90年から厳しくするという方針を決定。絶妙なけん制ができるからこそ、阿波野が目立ち、最初のターゲットになった。
けん制恐怖症になった阿波野は、その後もパッとせず、4年連続の2ケタ勝利10勝を挙げたが11敗し、スーパールーキー・野茂英雄の孤軍奮闘にもかかわらず、3位に終わった。以後阿波野は2ケタ勝利をマークできずに、近鉄から巨人、そして横浜へと、奇しくもドラフト会議で1位指名した球団へ移ることになるとは…。
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