『小林幸子のさっちゃんねる』で、小林幸子がコスプレ姿を披露!
歌手の小林幸子が運営するYouTubeチャンネル『小林幸子のさっちゃんねる』で、小林幸子の「歌ってみた」動画が公開された。その名も「【小林幸子】桜ノ雨 歌ってみた【時をかける幸子】」。「桜ノ雨」といえば、青春時代を懐かしむ、人気のボカロ(ボーカロイド)曲だ。
その動画の中で、小林幸子が三つ編み+セーラー服の女子高生に扮して演技している。女優としての経歴ももつ小林幸子だが、そのクオリティはいかに?百聞は一見に如かず、とにかく見てほしい。
その動画の中で、小林幸子が三つ編み+セーラー服の女子高生に扮して演技している。女優としての経歴ももつ小林幸子だが、そのクオリティはいかに?百聞は一見に如かず、とにかく見てほしい。
【小林幸子】桜ノ雨 歌ってみた【時をかける幸子】
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曲に合わせたユルめのイラストの合間に、小林幸子のコスプレ姿がちょくちょく入っており、もとの曲を知らない人でも楽しめる動画になっている。コスプレ姿の小林幸子は、見ているこちらが恥ずかしくなるような乙女な演技をしていて刺激的だ。
ちなみに、こちらも人気ボカロ曲の「メルト」をカバーした動画だが、「桜ノ雨」と同じ三つ編みセーラー姿のシーンが一部挿入されている。
ちなみに、こちらも人気ボカロ曲の「メルト」をカバーした動画だが、「桜ノ雨」と同じ三つ編みセーラー姿のシーンが一部挿入されている。
【小林幸子】メルト 歌ってみた
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「【小林幸子】メルト 歌ってみた」は「メルト」の公開10周年を祝ってカバーされたもので、動画内に小林幸子のお祝いメッセージが出てくる。もとの楽曲はアップテンポで高音が特徴的だが、こちらのカバーでは小林幸子に合わせてゆったりとした渋めの曲になっている。
アソビ心いっぱいの「小林幸子のさっちゃんねる」
演歌の大御所で知られる「小林幸子」。紅白歌合戦の常連であり、そこでの派手な衣装も有名だ。
そんな小林幸子が始めた「小林幸子のさっちゃんねる」。
チャンネル開設は2018年4月で、チャンネル登録者数は6.55万人(※2021/6/4時点)となっている。
そんな小林幸子が始めた「小林幸子のさっちゃんねる」。
チャンネル開設は2018年4月で、チャンネル登録者数は6.55万人(※2021/6/4時点)となっている。
何でもバイブスを高めてくれるサチコチャン【小林幸子×FantasticYouth×島爺】
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一番再生回数が多い動画は、「何でもバイブスを高めてくれるサチコチャン【小林幸子×FantasticYouth×島爺】」で、再生回数は110万回超え。
チャンネル開設当初は、この動画と「【キズナアイ×小林幸子】千本桜 歌ってみた【バーチャルコラボ】」の動画以外は音楽ライブ動画ばかりアップしていたが、再生回数が伸びず。1年ほど前から、「Lemon」などの他の歌手の楽曲や「脳漿炸裂ガール」などのボカロ曲のカバーを出すようになり、再生回数が伸びてきている。
チャンネル開設当初は、この動画と「【キズナアイ×小林幸子】千本桜 歌ってみた【バーチャルコラボ】」の動画以外は音楽ライブ動画ばかりアップしていたが、再生回数が伸びず。1年ほど前から、「Lemon」などの他の歌手の楽曲や「脳漿炸裂ガール」などのボカロ曲のカバーを出すようになり、再生回数が伸びてきている。
【小林幸子とSachiko 歌ってみた】脳漿炸裂バーサン 歌ってみた
脳漿炸裂ガールをバーサンに変え、他の歌詞も一部変更して歌っている。
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ボカロ曲といえば速いテンポや過激な歌詞だが、そんな曲も見事に歌いこなす小林幸子。コメント欄では❝この歳になっても流行についていこうとする姿勢がすごい❞と称賛されている。
ここで小林幸子についておさらいしてみる
小林幸子をご存知ない方のために、彼女の経歴を振り返ってみよう。
小林幸子は新潟県 新潟市(現:新潟市 中央区)出身。9歳(小学4年生)の時にTBS『歌まね読本』にてグランドチャンピオンとなり、審査委員長の古賀政男にスカウトされた。
翌1964年(昭和39年)には新潟市内で肉屋を営んでいた家族とともに上京して古賀事務所に所属。古賀作曲の『ウソツキ鴎』でデビューし、20万枚のヒット曲となる。
しかしその後15年間に渡る低迷期には一人で全国各地を回って、地方興行をした。昼間は各地の興行をしながら地元のレコード店やラジオ局、有線放送局などへキャンペーン回りをし、夜になると深夜遅くまで飲み屋やキャバレーなどの繁華街で泥酔客に絡まれながら歌い続けた。
小林幸子は新潟県 新潟市(現:新潟市 中央区)出身。9歳(小学4年生)の時にTBS『歌まね読本』にてグランドチャンピオンとなり、審査委員長の古賀政男にスカウトされた。
翌1964年(昭和39年)には新潟市内で肉屋を営んでいた家族とともに上京して古賀事務所に所属。古賀作曲の『ウソツキ鴎』でデビューし、20万枚のヒット曲となる。
しかしその後15年間に渡る低迷期には一人で全国各地を回って、地方興行をした。昼間は各地の興行をしながら地元のレコード店やラジオ局、有線放送局などへキャンペーン回りをし、夜になると深夜遅くまで飲み屋やキャバレーなどの繁華街で泥酔客に絡まれながら歌い続けた。
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そんな長い苦労の末、大きな転換期がやってくる。1979年(昭和54年)に『おもいで酒』が有線放送から徐々に知名度が上がり、200万枚の大ヒットに。同じ年の暮れには『第30回NHK紅白歌合戦』に初出場。
その後も『とまり木』、『ふたりはひとり』、『もしかしてPartII』(美樹克彦とのデュエット曲)、『雪椿』などの大ヒット作に恵まれ、紅白にも連続出場した。
その後も『とまり木』、『ふたりはひとり』、『もしかしてPartII』(美樹克彦とのデュエット曲)、『雪椿』などの大ヒット作に恵まれ、紅白にも連続出場した。
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2012年(平成24年)8月20日、レコード会社・日本コロムビアと契約解除に合意。
2014年(平成26年)8月17日、個人サークル「5884組」として第86回コミックマーケットに参加する。自らブースに立ってミニアルバムCD「さちさちにしてあげる♪」を販売し、約2時間40分で用意していた限定1500枚のCDが完売に。急遽9月17日に全国のアニメイト各店及びアニメイトオンラインショップにて限定発売され、iTunesアルバム総合ランキングでも10位にランクインした。
2014年(平成26年)8月17日、個人サークル「5884組」として第86回コミックマーケットに参加する。自らブースに立ってミニアルバムCD「さちさちにしてあげる♪」を販売し、約2時間40分で用意していた限定1500枚のCDが完売に。急遽9月17日に全国のアニメイト各店及びアニメイトオンラインショップにて限定発売され、iTunesアルバム総合ランキングでも10位にランクインした。
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紅白歌合戦では基本的に毎年趣向を凝らしたゴージャスな衣装で参加している。豪華な衣装を着始めた理由は「市川猿之助さんのスーパー歌舞伎を生で見て、私もこんな派手な衣装を着てステージで歌いたいなと感銘を受け、猿之助さんの楽屋へ挨拶に行ってコスチュームデザイナーを紹介して頂いたのがスタートでファンの皆さんに自分の歌以外にも派手な衣装を見ていただいてビジュアル面でも楽しんでいただきたかったから」と語っている。
そんな小林幸子が運営する「小林幸子のさっちゃんねる」を今後もチェックしよう!
そんな小林幸子が運営する「小林幸子のさっちゃんねる」を今後もチェックしよう!