近藤真彦のプロフィール
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まずは近藤真彦のプロフィールからご紹介します。
本名:近藤真彦
生年月日:1964年7月19日
出身地:神奈川県大和市
デビュー:1979年のTBSドラマ「3年B組金八先生」にて星野清役で出演。
同ドラマで共演した田原俊彦、野村義男と共に「たのきんトリオ」を結成しました。
1980年12月に「スニーカーぶる~す」のシングルをリリースしソロデビューします。
たのきんトリオとしては、TBSのバラエティー番組「たのきん全力投球」の放送が10月から開始し、一躍人気者となりました。
1981年には「青春グラフティースニーカーぶる~す」と「ブルージンズメモリー」の2作品が近藤真彦主演で映画化されています。
また同年には田原俊彦の主演で「グッドラックLOVE」も上映され、1年間でなんと3本も映画出演しました。
ジャニーズの1グループが、ここまで活躍するとは今では考えられませんよね。
本名:近藤真彦
生年月日:1964年7月19日
出身地:神奈川県大和市
デビュー:1979年のTBSドラマ「3年B組金八先生」にて星野清役で出演。
同ドラマで共演した田原俊彦、野村義男と共に「たのきんトリオ」を結成しました。
1980年12月に「スニーカーぶる~す」のシングルをリリースしソロデビューします。
たのきんトリオとしては、TBSのバラエティー番組「たのきん全力投球」の放送が10月から開始し、一躍人気者となりました。
1981年には「青春グラフティースニーカーぶる~す」と「ブルージンズメモリー」の2作品が近藤真彦主演で映画化されています。
また同年には田原俊彦の主演で「グッドラックLOVE」も上映され、1年間でなんと3本も映画出演しました。
ジャニーズの1グループが、ここまで活躍するとは今では考えられませんよね。
ハイティーンブギで共演した武田久美子
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まずは1982年のハイティーンブギで共演した武田久美子です。
小学4年生の時に「ウナコーワ」のCMに出演し、その後自分で応募した、東大駒場祭「第2回東大生が選ぶアイドルコンテスト'81」でグランプリ受賞。
1982年にハイティーン・ブギにて宮下桃子役として出演します。
主演の近藤真彦とキスシーンがあったため、熱烈なファンによる様々な嫌がらせがあり、一時芸能活動に支障を来すほどでした。
当時人気絶頂の近藤真彦と共演し、ここまではかなりの明ですが、支障を来すほどの嫌がらせを受けてしまった事で、プラスマイナスゼロといったところでしょうか。
当時の髪型はミディアム位の長さで、桃子のトレードマークのポニーテールがやっと結べる位でしたが、そこが可愛かったです。
キスシーンは羨ましいと思いましたが、当時中学生でキスシーンを演じるのは本人的に複雑な心境だったかもしれません。
小学4年生の時に「ウナコーワ」のCMに出演し、その後自分で応募した、東大駒場祭「第2回東大生が選ぶアイドルコンテスト'81」でグランプリ受賞。
1982年にハイティーン・ブギにて宮下桃子役として出演します。
主演の近藤真彦とキスシーンがあったため、熱烈なファンによる様々な嫌がらせがあり、一時芸能活動に支障を来すほどでした。
当時人気絶頂の近藤真彦と共演し、ここまではかなりの明ですが、支障を来すほどの嫌がらせを受けてしまった事で、プラスマイナスゼロといったところでしょうか。
当時の髪型はミディアム位の長さで、桃子のトレードマークのポニーテールがやっと結べる位でしたが、そこが可愛かったです。
キスシーンは羨ましいと思いましたが、当時中学生でキスシーンを演じるのは本人的に複雑な心境だったかもしれません。
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トシちゃんがシゲ役で、よっちゃんって何でサミーなんだろう?と映画を観た時に不思議に思いましたが、原作ではサミーは黒人で納得でした。
映画公開時小学生だったし、桃子の輪姦シーンはマイルドに描かれていたのであまり気にしていませんでしたが、後に原作を読んだときはその内容にショックを受けましたね。
翔(近藤真彦)が不良グループを抜ける腹いせに、クロロホルムをかがせて桃子(武田久美子)を拉致し、輪姦…。
当時の不良…怖すぎです。
映画公開時小学生だったし、桃子の輪姦シーンはマイルドに描かれていたのであまり気にしていませんでしたが、後に原作を読んだときはその内容にショックを受けましたね。
翔(近藤真彦)が不良グループを抜ける腹いせに、クロロホルムをかがせて桃子(武田久美子)を拉致し、輪姦…。
当時の不良…怖すぎです。
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清純派だった武田久美子は、1990年代からは写真集やグラビアでヌードを披露します。
B85・W58・H82の抜群のプロポーションを活かし、セクシータレントとしての地位を築きました。
1989年に発売した写真集「My Dear Stephanie」で初の乳首と、貝殻(ホタテ)ビキニを披露し、度肝を抜いてくれましたね。
今だに貝殻ビキニは語り草になっています。
また色が濃くて大き目な乳輪がとてもセクシーでした。
50代になった現在も素晴らしいプロポーションを保っていますから、ハイティーンブギ出演後の武田久美子の芸能活動は明るい物でしたね。
B85・W58・H82の抜群のプロポーションを活かし、セクシータレントとしての地位を築きました。
1989年に発売した写真集「My Dear Stephanie」で初の乳首と、貝殻(ホタテ)ビキニを披露し、度肝を抜いてくれましたね。
今だに貝殻ビキニは語り草になっています。
また色が濃くて大き目な乳輪がとてもセクシーでした。
50代になった現在も素晴らしいプロポーションを保っていますから、ハイティーンブギ出演後の武田久美子の芸能活動は明るい物でしたね。
愛旅立ちで共演した中森明菜
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続いては1985年公開の「愛・旅立ち」で共演した中森明菜です。
当時交際していた二人の主演作品で、それはそれは話題になりました。
あらすじは不治の病を抱えたユキ(中森明菜)と、彼女に生きる希望を与えようとする青年、誠(近藤真彦)のラブストーリー。
生き返ったと思ったユキが、誠におんぶされながら死んでしまうという悲しいストーリーですが、空を飛んだり、各種特撮ありでなんとも言えない作品です。
普通のラブストーリーで終わった方が、感動したのでは…。
当時交際していた二人の主演作品で、それはそれは話題になりました。
あらすじは不治の病を抱えたユキ(中森明菜)と、彼女に生きる希望を与えようとする青年、誠(近藤真彦)のラブストーリー。
生き返ったと思ったユキが、誠におんぶされながら死んでしまうという悲しいストーリーですが、空を飛んだり、各種特撮ありでなんとも言えない作品です。
普通のラブストーリーで終わった方が、感動したのでは…。
三丁目坂道
2011年02月22日 17時11分
2.0点
あのころ,君たちは若かった
自分が中森明菜のファンだったので,つい見てしまった。
彼女とマッチの若々しさだけで引っ張ってる。
変てこりんな物語は,突っ込むだけ野暮というもの。
変といえば,もうひとり,当時ですら失笑もののキャラが出てくる。
こやつが物語の鍵を握ってるから,始末が悪い。
当時,舛田監督の体調が悪かったんじゃなかろうか?
ただ中森明菜は、本当に近藤真彦が好きなんだ…という恋心が伝わってきました。
歌唱力も抜群で、カリスマ的な人気を誇った中森明菜でしたが、1989年に近藤真彦と同棲していたマンションで自殺未遂をしています。
同年12月31日には、近藤真彦と共に謝罪会見を開きますが、2人は破局。
会見場のバックが金屏風だったことから、中森明菜は結婚会見と騙されて出席させられた…などの憶測をよんでいますが、真偽は不明です。
歌唱力も抜群で、カリスマ的な人気を誇った中森明菜でしたが、1989年に近藤真彦と同棲していたマンションで自殺未遂をしています。
同年12月31日には、近藤真彦と共に謝罪会見を開きますが、2人は破局。
会見場のバックが金屏風だったことから、中森明菜は結婚会見と騙されて出席させられた…などの憶測をよんでいますが、真偽は不明です。
中森明菜 - 「ザ・ベストテン 中森明菜 プレミアムBOX」(Teaser Part1)
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1990年には、1年3か月振りのシングル「Dear Friend」をリリースし、その後も「水に挿した花」などヒットしていたので、仕事は順調に思われました。
安田成美と共演した「素顔のままで」など、女優としても活躍。
でも身体は治っても、心の傷は深かったのか…体調不良でたびたび休養しています。
昭和を代表する歌姫と言っても過言ではない中森明菜に関しては、近藤真彦との縁がなかった方が活躍出来たのではないかと思ってしまいますね。
安田成美と共演した「素顔のままで」など、女優としても活躍。
でも身体は治っても、心の傷は深かったのか…体調不良でたびたび休養しています。
昭和を代表する歌姫と言っても過言ではない中森明菜に関しては、近藤真彦との縁がなかった方が活躍出来たのではないかと思ってしまいますね。
嵐を呼ぶ男で共演した坂口良子
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続いては、嵐を呼ぶ男で共演した天下の美人女優坂口良子です。
たのきんトリオの映画の第6作目で、最後の作品となり、石原裕次郎主演の「嵐を呼ぶ男」のリメイクでした。
ドラマーと美人マネージャーの恋というテーマでもあったので、武田久美子や中森明菜のようにファンからの嫌がらせがあったのでは?と邪推してしまいますよね。
でも当時27歳だった坂口良子は、役柄もありお姉さんという捉え方だったようで、嫌がらせなどはなかったと語っている雑誌を見た事があります。
ただこちらは筆者の個人の記憶であり、ソースは見つかりませんでした。
たのきんトリオの映画の第6作目で、最後の作品となり、石原裕次郎主演の「嵐を呼ぶ男」のリメイクでした。
ドラマーと美人マネージャーの恋というテーマでもあったので、武田久美子や中森明菜のようにファンからの嫌がらせがあったのでは?と邪推してしまいますよね。
でも当時27歳だった坂口良子は、役柄もありお姉さんという捉え方だったようで、嫌がらせなどはなかったと語っている雑誌を見た事があります。
ただこちらは筆者の個人の記憶であり、ソースは見つかりませんでした。