2018年1月13日 更新

【創業した者、されたモノ】 《ダイエー》をつくりだした流通王・中内功の理念と功績。

戦争での体験。消費者と流通者との関係。そして《30年戦争》と呼ばれた松下電器とのあらそい。松下には松下の理念があったように、中内功には中内功の理念があった。

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《戦争》と呼ばれた松下電器との争い

松下幸之助

松下幸之助

 中内功を語るとなった場合、どこから始めるのが良いのかという悩みがあったがやはりこれになるのだろう。
 〝30年戦争〟〝ダイエー・松下戦争〟〝松下・ダイエー戦争〟などと過激な表現をされているが、実際のところは1964年から1994年にかけて行われた《裁判》である。

 ことの始まりは《値下げ》であった。
 当時から《価格破壊》を標榜していたダイエー。
 松下電器出荷のテレビをメーカー小売希望価格より20%安く提供したという。ダイエーの値段が《価格破壊》と評される理由のひとつがここにある。

 そして当時はこれが、一種の協定違反ではないかと受けとめられた。
 当然、他の小売業は松下電器の小売希望価格から20%もさっぴいて販売はしないというのである。しかもダイエーのような大手取引先がやっていることである。無視するわけにはいかなかった。
 ダイエーのこの動きは消費者にも評判になり、生産者にも評判になった。

 さて、これに対して松下電器はダイエーに対して《出荷停止》という重い処置を取る。

 そうなってくるとどう〝代わり〟の商品を入荷するか、いかにして松下電器の〝代わり〟を見つけるかという〝代わり探し〟を始めなければならない。

 だがダイエーは、中内功はそうしなかった。
〝代わり〟を探すということもするにはしたのかもしれない。
 しかしそれはそれとして、松下電器に対して《独占禁止法に抵触》の大義名分で告訴してしまったのである。
 こうして商業を舞台に《戦争》は始まり、以降30年、両者はたたかい続けることになる――

 松下には松下の道理があったのだろう。

 一方で中内功には、中内功の経験と道理があったのである。

中内功の来歴

 中内功と言えばダイエー、ダイエーと言えば兵庫県、よって中内功と言えば兵庫県!
 なんとなくそんな気がしているが、中内功は大阪府の出身である。

 生まれは1922年。だいぶ昔のことになる。
 だいぶ昔のことにはなるのだが、同年の生まれには小説家の山田風太郎、慶應義塾長でもあった石川忠雄、漫画家の水木しげるなどなど近年まで存命であった人物が多い。
 なお、瀬戸内寂聴とも同年の生まれである。こうやって並べてみると感覚が破壊される感がある。

 来歴はこの後、鈴木商店の話や神戸高商の話が続いているが、あまりにも長くなりそうなので割愛しよう。

 もちろん割愛できない出来事もある。

 1943年。中内功は戦争に召集される。仲間たちは幹部生として扱われているのに対し、彼は一兵卒としての扱いを受けることしかできなかったという。
 理由は将校に嫌われたからとも、心臓の位置が逆だったからだとも言われている(中内功は後に内臓逆位であるということが発覚している)。

 この体験がすさまじかった。

 フィリピンの混成五八旅団にいた時に一度は玉砕命令がくだったりした。
 そもそもアジア方面の任務というのが季候や設備の問題から激務であった。余談ではあるが将棋棋士で後に大名人となる升田幸三氏もポンペイ島での任務で激しい体験をしている。水木しげる氏が左腕を失ったのもパプアニューギニアのすぐ隣でのことであった。

 中内功は《奇跡的に》生還した。

 戦争で学んだことは数多くあったのだろう。
 特に彼の心に残ったのは激戦区でのひもじさ、そのつらさと、米軍基地を襲撃した際に見たその豊かさであった。

 これは割合有名なエピソードで、Wikipediaにも太字で「人の幸せとは、まず、物質的な豊かさを満たすことです」の言葉を掲げ、
この時に痛感した日本軍と米軍との物量の差と飢餓体験から出ている。
 としている。

商業来歴

初代ダイエーロゴ

初代ダイエーロゴ

 復員後の中内は働きに働いた。

 まず実家であったサカエ薬局で働き、ついで1948年からは新しく開店した《友愛薬局》で業者相手の闇商売を行う。一度は学校に通うも商業のために中退。次弟の建てたサカエ薬局、末弟と建てた大栄薬品工業株式会社に参入。他にもスーパーの開店の手伝いをするなどを行う。

 そんなこんな働きまくり、ついに1957年、《主婦の店ダイエー薬局》の1号店が大阪にオープンした。
 ここからはWikipediaが力を入れて書いている。もう一度引用させてもらおう。
開店の翌年1958年には、早くも、神戸三宮にチェーン化第1号店(店舗としては第2号店)となる三宮店を開店。既成概念を次々と打ち破り、流通業界に革命をおこした。特に価格破壊は定価を維持しようとするメーカーの勢力の圧力にも屈せず、世の人の喝采を浴びた。1956年の経済白書で「もはや戦後ではない」とされたが、戦時中の国家統制がさまざまな規制の形で残り、中内は「戦後はまだ終わっていない」とした。
 のちに松下幸之助は中内功に「覇道ではなく王道でいかないか」と説得を試みたそうだが、その消費者よりも消費者に寄りそっていた姿勢と実際に行っていた価格破壊は確かに《覇道》の二文字がふさわしかったのかもしれない。

 この時の中内の働き方はまさしく〝寝る間を惜しむ〟といったものであり、中内功が《カリスマ》と呼ばれる理由のひとつはここにあるようだ。
 渡米して流通の研究をし、米国大手流通企業経営者に「そのうちどえらい男になる」と評価されたのもこの頃の話である。
カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈上〉

カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈上〉

カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈下〉

カリスマ―中内功とダイエーの「戦後」〈下〉

《30年戦争》の開幕と怒涛の事業展開

 それからのダイエーの発展ぶりは、世代の方々にはご存知の方も多いだろう。

 前述した松下電器との裁判にはじまり、小売業売上高トップ、1980年の売上高1兆円の達成、グループと事業の展開、買収、福岡ダイエーホークスの誕生、福岡ドームの建設、流通科学大学の設置――と挙げればキリが無い。

 だがもちろん、中内功は時代の全てを読み切っていたわけではない。
 この時、数多の人間の財産を激しく上下させた一大事件が起こる。
 すなわち、バブルの崩壊である。
《実像》という言葉がよく使われるのも中内功周辺ではよく...

《実像》という言葉がよく使われるのも中内功周辺ではよくあることである

 事業が拡大すればするほど、彼に近づく人材と、彼に求められる人物像が変わってくる。
 彼の理念に変わりはなかったかもしれない。だが彼の理念に接する人物は過去に比べると大きく変わっていた。
 すべてが彼の責任であるというわけではない。時代が彼とは別の変革を描いていたのである。

 そんな彼に追い打ちをかけるような出来事が発生する。
 1995年、阪神淡路大震災の発生である。

 経営が傾きつつあるなか、震災の発生は致命傷なりえた。
 そのなかでも中内は流通王の名に恥じない手を打ち続ける。
 物資を補給させ、被災者のために店の明かりはつけ続けた。
 それはあるいは、自分の傷をえぐる行為であったかもしれない。

中内の理念、そして

 中内功の店と理念で特筆すべきは〝価格破壊〟すなわち《安さ》と、そのためなら他店との争いも辞さないというほどの強い《実行力》そして《理念の強さ》であろう。
 《理念の強さ》についてはダイエーは特筆すべきところがあり、
松下電器とダイエーでは、今なお脈々と創業者の信念が受け継がれている。松下電器では、毎朝「綱領・信条」が唱和され、毎年5月5日の創業記念式典では「真の使命」についての話し合いが行われるという。ダイエーにおいても、毎日の朝礼と公式な会議では「ダイエーグループの誓い」が唱和される。このように、両社では、創業者の信念は企業理念へと昇華し、しっかりと定着している。
 中内功はただの〝癖のある創業者〟ではなかった。
 自らの信念を、店と消費者と提供者ひいては世間全体に通じる《理念》へと昇華できる創業者だったのである。



 だが信念も理念も、無敵万能を誇っているわけではない。
 2001年。様々な痛手を追い、中内功はついにダイエーから退任する。問題が山積みになっていた最後の株主総会は荒れに荒れ、中内は謝罪したのち、責任を負う形でひっそりと降壇するという一幕もあった。

 中内功の功罪は、どちらのほうが重かったのか?
 こと経営についてこの問題を語ることは至難である。
 経営者は常に大なる功績を背負い、大なる損失を背負っている。偉大な事業であればあるほど、それが失敗した時の損失は計り知れない。

 しかし、ダイエーを文字通り一から起こし、1兆という破格の売上をあげ、経団連副会長までつとめた男の最後がこれではあまりにもさみしすぎるということを感じたのは、どうやらその場にもいたらしい。

 中内は株主の呼びかけにより再度登壇。
 拍手のなかで送ってあげようという声が上がり、一度あがった満場の拍手は鳴りやまないものであったという。

 これもまた、らしいと言えばらしい逸話である。
2代目ダイエーロゴ

2代目ダイエーロゴ

中内功関連資料

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