幼い頃、戦争が何かの分別もまだないころ、世界の戦闘機が紹介された図鑑をみてはワクワクしたものですね。
機体画像は当時の白黒写真やプラモデル、描写など様々なかたちでネット上にアップされているようなので、特に写真にこだわらず見た目に特徴がつかみやすそうなものを引用させていただいています。
機体画像は当時の白黒写真やプラモデル、描写など様々なかたちでネット上にアップされているようなので、特に写真にこだわらず見た目に特徴がつかみやすそうなものを引用させていただいています。
戦闘機
via i.imgur.com
メッサーシュミットMe-262
Me262の計画説明書は日本海軍が入手し、日本最初のジェット機「橘花」の参考にされたことでもよく知られている。
Me262の初飛行は1942年7月18日であった。合計1,443機が生産され、一時は制空権を握ったこともある。
Me262の初飛行は1942年7月18日であった。合計1,443機が生産され、一時は制空権を握ったこともある。
メッサーシュミットMe-109G
Me109シリーズは30,500機作られたが、その70%にあたる23,000機がこのMe109Gである。
1942年春からG型の生産が始まった。
まず強力なエンジンに取り換えられ、それに応じて脚も補強された。G-0型からG-14型まで作られたが、G-1とG-3は与圧キャビンの高高度用量産型であった。
武装も強化され、戦闘爆撃機として活躍したのがG-6である。
1942年春からG型の生産が始まった。
まず強力なエンジンに取り換えられ、それに応じて脚も補強された。G-0型からG-14型まで作られたが、G-1とG-3は与圧キャビンの高高度用量産型であった。
武装も強化され、戦闘爆撃機として活躍したのがG-6である。
フォッケ・ウルフFW-190A
メッサーシュミットMe109よりも優れた性能で、戦争後半はドイツ戦闘機の主力となった。
1939年に初飛行したV1からV5に発展し、1941年春に最初の量産型A-1が完成した。
撃墜王ガーランドの率いるFW190戦隊は、イギリス空軍を大いに悩ませた。
1939年に初飛行したV1からV5に発展し、1941年春に最初の量産型A-1が完成した。
撃墜王ガーランドの率いるFW190戦隊は、イギリス空軍を大いに悩ませた。
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フォッケ・ウルフFW-190D
第二次大戦末期に「長ッ鼻」と呼ばれて大活躍したFW190Dの1号機は1941年に初飛行した。
1943年末頃から量産型D-9が西部戦線に出現し、宿敵スピットファイアを圧倒した。
1943年末頃から量産型D-9が西部戦線に出現し、宿敵スピットファイアを圧倒した。
メッサーシュミットMe-163
世界最初の実用ロケット戦闘機であるが、日本の秋水の原型として日本では有名である。
1940年にドイツ滑空試験所で試験機を完成、これに基いて1941年春メッサーシュミット社でMe-163の原型1号機を完成した。
1940年にドイツ滑空試験所で試験機を完成、これに基いて1941年春メッサーシュミット社でMe-163の原型1号機を完成した。
ロッキードF-104G
日本航空自衛隊のF-104Jと西ドイツ空軍のF-104Gとは、基本的に同一の機体である。
しかし西ドイツでは、地上支援戦闘にも振り向けているために度々失速事故を起こして問題になった。
アメリカで全て退役した後にも活躍していた。
しかし西ドイツでは、地上支援戦闘にも振り向けているために度々失速事故を起こして問題になった。
アメリカで全て退役した後にも活躍していた。
via www.geocities.jp
マクダネル・ダグラスF-4FファントムII
基本的にはアメリカ空軍、海軍、日本航空自衛隊で使用するF-4Eと変わりはないが、西ドイツ空軍のF型はシステムを単純軽量化し、ミサイルも簡単なものとなっている。
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爆撃機
ハインケルHe-111
He111シリーズの生産数は、総計5,656機であった。
機首を透明、胴体内に垂直式弾倉を持つ爆撃機として就役したのはB-1タイプからである。
航続力がないため、イギリス本土爆撃では被害が多かった。
機首を透明、胴体内に垂直式弾倉を持つ爆撃機として就役したのはB-1タイプからである。
航続力がないため、イギリス本土爆撃では被害が多かった。
ユンカースJu-87
第二次大戦の初期には、急降下爆撃機の代名詞とされたほどの活躍をした。
しかし低速と武装が貧弱なのに加えて航続距離が短いので、イギリス本土空襲のときは致命的な打撃を受けた。
西部戦線、アフリカ戦線における対戦車攻撃では大活躍した。
しかし低速と武装が貧弱なのに加えて航続距離が短いので、イギリス本土空襲のときは致命的な打撃を受けた。
西部戦線、アフリカ戦線における対戦車攻撃では大活躍した。
via karen.saiin.net
攻撃・爆撃機
アエリタリアG-91
NATO統一機種の軽戦闘機、対地支援攻撃機としてフィアットが競争試作に勝ち、20年近く使われたものの旧式化したのでアルファジェットと交替する流れに。
しかし、整備しやすく飛行性も優れているのがフィアットの伝統の力だ。
しかし、整備しやすく飛行性も優れているのがフィアットの伝統の力だ。
via avia.pro
攻撃機
ハインケルHe-177
エンジンを2基並列にし、ギアボックスで結合して1個のプロペラを駆動するところに大きな特徴があるなど、斬新な試みが多く取り入れられているが、実用機としては命取りになった。
ヒトラーの無策さが原因とされている。
ヒトラーの無策さが原因とされている。
ダッソーブレゲー/ドルニエアルファジェット
西ドイツでは攻撃用に、フランスでは練習用にと共同開発した機体で、1973年10月に初飛行した。
攻撃型は陸上部隊と密接に協力し、戦車や火力の破壊に当たる。
STOL性を備え、練習機としても好適。
攻撃型は陸上部隊と密接に協力し、戦車や火力の破壊に当たる。
STOL性を備え、練習機としても好適。
総生産数は30,500機にも上った。日本にも2機が輸入され、陸軍キ-60の資料となった。
イギリスのスピットファイアとのライバル争いは有名である。