日本のロックシーンを根本から変貌させた伝説のバンド「キャロル」
皆さんは「CAROL(キャロル)」というバンドをご存知でしょうか?あの矢沢永吉が在籍していたロックバンドで、1972年のデビューから1975年の解散までの間に、日本のロックシーンを根本から塗り替えてしまった伝説のバンドとして現在に至るまで語り継がれています。
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矢沢永吉、ジョニー大倉、内海利勝、ユウ岡崎の4人で主に構成されていたキャロル。彼らの特筆すべき点と言えば、その歌唱方法、音楽性、ファッションなどが挙げられます。ボーカル・ベースを担当していた矢沢の歌い方は「巻き舌唱法」と呼ばれ、日本語をあたかも英語のように巻き舌で歌うことで、本場のロックンロールに負けないノリノリのパフォーマンスを実現しました。そして、彼らのリーゼントに革ジャンのスタイルは当時の不良たちを直撃。ヤンキーファッションの先駆者として70年代~80年代の不良文化に多大な影響を与えました。
そんな彼らが解散したのは1975年4月13日のこと。あれから45年もの歳月が経過し、各メンバーがどのような道を歩んでいったのか、ここで掘り下げてみましょう。
そんな彼らが解散したのは1975年4月13日のこと。あれから45年もの歳月が経過し、各メンバーがどのような道を歩んでいったのか、ここで掘り下げてみましょう。
キャロル ルイジアンナ
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1975年4月13日、キャロル解散。
またたく間に熱狂的なファンを獲得し、一躍時代の寵児となったキャロルでしたが、その一方で矢沢と他のメンバーとの間で徐々に軋轢が生じていました。そんな中、ジョニーが内海を連れて別のバンドを結成しようと動いたところで矢沢との溝が決定的に。その結果、1975年4月13日に行われた日比谷野外音楽堂のライブをもって解散することとなりました。
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このライブには、会場のキャパを大幅にオーバーした7000人ものファンが押し寄せ、さらにライブの演出のために用意した特殊効果の炎が「CAROL」の文字の電飾に燃え移り、焼けながら崩れ落ちるというトラブルも発生。解散とともに「CAROL」の文字も燃え尽きるという、まさに伝説と呼ぶに相応しいライブとなりました。
解散後のメンバーの動向は?
わずか3年足らずという活動期間ながら、ロックバンドの金字塔として現在も語り継がれているキャロル。ここでは、解散後のメンバーの動向について詳しく見ていきたいと思います。
矢沢永吉
矢沢永吉は、解散後ただちにソロ活動を開始。1975年9月にソロデビューシングル「アイ・ラヴ・ユー、OK」を発表し、以降、キャロル時代とは一線を画した音楽性を展開していきます。そして1978年3月に発表したシングル「時間よ止まれ」はオリコン1位を獲得する大ヒットとなり、80年代にはソロシンガーとして人気が定着。以降、現在に至るまでロックの重鎮として君臨しています。また、サントリー「BOSS」のCMに出演するなど、タレントとしても活躍中。
ジョニー大倉
ジョニー大倉は、音楽活動の傍ら俳優業にも進出。1975年には映画「異邦人の河」に主演し、テーマソング「いつになったら」を発表しました。さらに1981年には映画「遠雷」にて、日本アカデミー賞の優秀助演男優賞を受賞。その後も「戦場のメリークリスマス」「チ・ン・ピ・ラ」といった映画などで活躍を続けていきました。その一方で、1989年には内海利勝、高橋ジョージらとバンド「THE PLEASE」を結成するなど、音楽活動も精力的に行っています。しかし21世紀に入ると体調を崩し、2009年には悪性リンパ腫、2013年には肺癌を患い、2014年11月19日に死去しました。62歳でした。
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2020/3/16 01:58
こないだのYAZAWAのインタビューでは、(同じ事してるなんて)A・MA・I とか言われちゃってるけどね・・・何だかな