紅白歌手、森山加代子さんが死去。78歳
6日、歌手の森山加代子さんが、都内の病院で亡くなりました。今年2月から大腸がんで闘病中でした。78歳。
近親者で葬儀と告別式を行い、後日、お別れの会を開く予定です。
近親者で葬儀と告別式を行い、後日、お別れの会を開く予定です。
白い蝶のサンバなど…歌手、森山加代子さん死去https://t.co/KHWgA1rPLK
— 産経ニュース (@Sankei_news) March 6, 2019
大腸がんのため、東京都内の病院で死去した。78歳だった。
1970年の「白い蝶のサンバ」がヒット
1970年1月リリースのシングル「白い蝶のサンバ」がオリコン1位を獲得した森山さん。
それまで1960年の「月影のナポリ」をはじめ「メロンの気持」「月影のキューバ」などヒットを連発させていた森山さんですが、当時はやや低迷気味でした。しかし、そこから一転、同曲は50万枚近いヒットとなり、森山さんの代表曲にまで成長。
森山さんのイメージにはない、早口言葉のような出だしのサンバのリズムなどが受け、ヒットへと繋がっていきます。そして、同曲で同年の紅白歌合戦に8年ぶりの出場も果たしています。
それまで1960年の「月影のナポリ」をはじめ「メロンの気持」「月影のキューバ」などヒットを連発させていた森山さんですが、当時はやや低迷気味でした。しかし、そこから一転、同曲は50万枚近いヒットとなり、森山さんの代表曲にまで成長。
森山さんのイメージにはない、早口言葉のような出だしのサンバのリズムなどが受け、ヒットへと繋がっていきます。そして、同曲で同年の紅白歌合戦に8年ぶりの出場も果たしています。
森山加代子 白い蝶のサンバ
via www.youtube.com
また、かつて専属シンガーとして「水原弘とブルーソックス」に在籍していた森山さん。
そのグループの中心メンバーである水原弘さんが、森山さんが出演していたクラブの楽屋を訪れ、もう一度メジャーでの挑戦を促したことで、再起を期してリリースしたのが同曲というエピソードも。
そして、同曲の作詞を阿久悠さんが担当。阿久さんにとって作詞作品で初めてのオリコン1位獲得曲となり、初期の阿久悠さんを代表する楽曲としても知られています。
さらに、近年では一青窈や島谷ひとみ、モーニング娘。などがカバーするなど、時代を超えて歌い継がれています。
そのグループの中心メンバーである水原弘さんが、森山さんが出演していたクラブの楽屋を訪れ、もう一度メジャーでの挑戦を促したことで、再起を期してリリースしたのが同曲というエピソードも。
そして、同曲の作詞を阿久悠さんが担当。阿久さんにとって作詞作品で初めてのオリコン1位獲得曲となり、初期の阿久悠さんを代表する楽曲としても知られています。
さらに、近年では一青窈や島谷ひとみ、モーニング娘。などがカバーするなど、時代を超えて歌い継がれています。
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