1977年デビューのフレッシュ3人娘(清水由貴子・榊原郁恵・高田みずえ)の活躍と現在は?
2023年1月27日 更新

1977年デビューのフレッシュ3人娘(清水由貴子・榊原郁恵・高田みずえ)の活躍と現在は?

1977年デビューの清水由貴子さん、榊原郁恵さん、高田みづえさんはフレッシュ3人娘と言われていました。健康的で太陽のように明るいイメージの3人ですので、さぞやフレッシュだったことでしょう。そんなフレッシュ3人娘は多様な道を歩んでいきました。そんなフレッシュ3人娘の活躍や現在についてご紹介します。

706 view

清水由貴子

Amazon | ほたる坂/野菊の墓[EPレコード 7inch] | 清水由貴子 | ミュージック | ミュージック (2501139)

欽ちゃんの週刊金曜日で見せた、一生懸命な姿が印象的な清水由貴子さんのプロフィールからご紹介します。

本名:清水由貴子(しみずゆきこ)
生年月日:1959年9月7日
没年月日:2009年4月20日
出身地:東京都台東区
キャッチフレーズ:ほほえみスイング まごころハミング

デビューのキッカケ:1976年に日本テレビ系「スター誕生!」でグランドチャンピオンとなりました。
イルカさんの大ヒット曲「なごり雪」を歌い、14社からスカウトのプラカードが上がりデビューが決まります。
ちなみに同じ決戦大会で、後にピンクレディーとなる根本美鶴代さんと増田恵子さんを抑えてグランドチャンピオンとなったというから、凄いです。

それにしても豪華な回ですよね。

清水由貴子 「お元気ですか」 新宿音楽祭より

翌1977年3月に「お元気ですか」をリリースし、デビューします。
この曲で数々の新人賞を受賞しましたが、「速報!レコード大賞」の新人賞では最後の1枠を争って榊原郁恵さんと決戦となりましたが、僅差で逃してしまいました。

この年の「速報!レコード大賞」新人賞の5人は、清水健太郎さん、高田みづえさん、狩人さん、太川陽介さん、榊原郁恵さんですから、層が厚かったですよね。
残念です。

太川陽介さんにLui-Luiされたら、ちょっと敵わないです。

Lui-Lui ☀ 太川陽介

その後もシングルは順調に発売されましたが、ヒットせず…。
次第に活躍の場所を、ドラマやバラエティー番組に移していきます。

清水由貴子さんというと、アイドルよりも週刊欽曜日で共演したコニタンこと小西博之さんとデュエットで「銀座の雨の物語」をリリースした、欽ちゃんファミリーとしての活躍のイメージが強いですよね。

1990年代は朝ドラ「春よ、来い」への出演や、情報番組のリポーターの仕事が多く、女優やリポーターとして活躍しました。
2003年には2度目となる朝ドラ「こころ」への出演や、映画「ランドセルゆれて」の主演など2000年代に入っても活躍しましたが、母親の介護をきっかけに事務所からの独立を決意します。

清水由貴子のその後

清水由貴子対談番組その2

事務所独立後は、山梨放送の情報バラエティー番組『ともちゃん家の5時』の仕事のみを受けていましたが、2007年の番組のリニューアルを機に芸能界から完全に引退します。

そして…2009年4月21日に静岡県駿東郡小山町の冨士霊園にある父親の墓前で、硫化水素が充満した黒いポリ袋を顔に被り、他界した状態で発見されました。
死亡時刻は前日の20日午後5時頃で、傍らには要介護状態の母親が意識不明の状態で残されていましたが、命に別状はなかったそうです。

享年49歳…あまりに早すぎる清水由貴子さんの訃報でした。

榊原郁恵のプロフィール

Amazon | ベスト・セレクション | 榊原郁恵, 藤公之介, 橋本淳, ダ・カーポ, 伊達歩, 三浦徳子, 松本隆, 尾崎亜美, 笠間ジュン, 森雪之丞, あかのたちお | 歌謡曲 | ミュージック (2501149)

次は渡辺徹さんとの夫婦の絆が美しかった榊原郁恵さんです。
本名:渡辺郁恵(わたなべいくえ)旧姓・榊原
生年月日:1959年5月8日
出身地:神奈川県川崎市
キャッチフレーズ:1億円のシンデレラ

デビューのキッカケ:1976年の第1回ホリプロスカウトキャラバンで優勝し、デビューが決まります。
1977年1月に「私の先生」をリリースし、デビューしました。
そして、太川陽介さんや清水由貴子さんらと共に新人賞レースに参戦しています。
翌1978年に「夏のお嬢さん」が大ヒットし、一躍トップアイドルの仲間入りを果たしました。

榊原郁恵  夏のお嬢さん

歌手としてだけでなく、明るいキャラクターで学園ドラマ「ナッキーはつむじ風」など女優としても活躍します。

当時「生徒諸君」というナッキーという元気な女の子が出てくる漫画があり、榊原郁恵さんの「ナッキーはつむじ風」も榊原郁恵さん演じるナッキーが同じく元気な女の子なので、セットで思い出されます。

榊原郁恵&川崎麻世 ナッキーはつむじ風 OP「あなたと夢とポップ・ロック」

また1981年からはミュージカル「ピーター・パン」の座長を7年間務め、合計76万人を動員しています。
1984年には「風の中のあいつ」で、渡辺徹さんと共演し後に結婚しました。
二枚目俳優だった渡辺徹さんですが、このころからポッチャリとし始めていて、2人のコミカルな掛け合いが楽しかったです。

風の中のあいつ 榊原郁恵

芸能界きってのおしどり夫婦と呼ばれた、榊原郁恵さんと渡辺徹さんですが、2022年11月28日に敗血症のため、逝去しています。

2021年には、「いい夫婦パートナー・オブ・ザ・イヤー2021」に選ばれて、家族で朗読劇に取り組むなど公私ともに協力しあえる、素晴らしいご夫婦でした。

高田みづえのプロフィール

26 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

光GENJIの再結成はある!?メンバーの思いは!?

光GENJIの再結成はある!?メンバーの思いは!?

1980年代後半に一世を風靡したジャニーズ事務所のアイドルグループと言えば、光GENJIを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。ローラースケートで歌って踊るところも斬新でした。男闘呼組が再結成したように光GENJIも再結成はあるのでしょうか。今回は再結成に関するメンバーの思いや全盛期の活躍についてもご紹介します。
そうすけ | 524 view
引退からもう20年!元CoCoの宮前真樹の活躍と現在は?

引退からもう20年!元CoCoの宮前真樹の活躍と現在は?

1980年代後半に乙女塾から派生した5人組ユニット「CoCo」のメンバーだった宮前真樹さん。なんと引退してから20年が経過したのだそうです。引退後は何をされていたのでしょうか?今回はそんな宮前真樹さんのアイドル時代の活躍や現在について調査してみました!
そうすけ | 527 view
【阿久悠】ヒットチャートを席巻!作詞した曲が16曲チャートインした1977年12月5日

【阿久悠】ヒットチャートを席巻!作詞した曲が16曲チャートインした1977年12月5日

阿久悠が作詞を手がけた楽曲は、5,000曲以上と言われています。特に1970年代が多く、当時オリコンシングルチャートの上位に多くの曲が登場しました。その一例が1977年12月5日。ピンクレディーや沢田研二の全盛期で、年末の賞レースで盛り上がっていた頃です。100位以内にチャートインしたのは全16曲。上位から順に見てみましょう。
izaiza347 | 456 view
【70’sアイドル】スタ誕から出てきたユッコこと清水由貴子の想い出を振り返る!

【70’sアイドル】スタ誕から出てきたユッコこと清水由貴子の想い出を振り返る!

華やかな芸能界で大活躍し歌手としてデビューしタレントとして花開き、女優としてもリポーターとしても知らない人はいなかったほど有名になったものの芸能界を引退した清水由貴子さんの軌跡を振り返ってみたいと思います!
はんまのまま | 8,605 view
いろいろあった!ピンク・レディーグッズあれこれ

いろいろあった!ピンク・レディーグッズあれこれ

女性アイドルデュオとして一世を風靡したピンク・レディー。その爆発的人気に伴い、巷では様々なピンク・レディーグッズが販売されていました。この記事では、ほんの一部ではありますが懐かしのピンク・レディーグッズを振り返ってみました。
ハナハナ | 369 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト