1970年、76歳で「史上最高齢の新人歌手」になった左卜全さんは、満身創痍で舞台に立つ魂の役者だった
2023年10月30日 更新

1970年、76歳で「史上最高齢の新人歌手」になった左卜全さんは、満身創痍で舞台に立つ魂の役者だった

まさに変人中の変人のようなイメージの強い左卜全さん。自分芸は土壇場まで追い詰められた時に絞り出すように出てきたものだと言い、芸の世界に入ってからは毎日が死以上の苦しみだったと回想しています。

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まさに奇人変人

ネマ旬報社『キネマ旬報』第245号(1960)より

ネマ旬報社『キネマ旬報』第245号(1960)より

芸能界で一・二を争う変人として知られていた左卜全さん。どこかで薬草を摘んできては楽屋で干していました。そして不老長寿の薬が入っているという水筒を、いつも首から下げて仕事場に持ってきて飲んでいたそうです。

撮影所内では松葉杖をついて歩いていたようですが、俳優の土屋嘉男さんによると、バスに乗り遅れまいと二人で走った時、松葉杖を小脇に抱え土屋を追い越してしまい土屋は追いつけなかったのだとか。笑ってしまいますね。

撮影所にはいつも妻の糸が同伴していました。新興宗教の教祖だという奥様でしたが、信者は卜全さんだけだったとか。撮影所ではいつも着古した感じのモンペ姿だったそうで、同僚とも離れて過ごしたのだとか。周囲も干渉しなかったので忘れられることが多かったのだそうですよ。

左卜全さんの自宅には、体を固定して上下回転するベッドのような機械があり、若返り回転機と言っていたそうです。外出前には必ずこれで一運動してからゆっくりお祈りし、それから水筒を提げて出かけたために撮影が中止になったこともありました。

浅草オペラ

浅草オペラ『天国と地獄』

浅草オペラ『天国と地獄』

役者になる前の左卜全さんは、浅草オペラでオペラ歌手を務めていました。「ムーランルージュ」時代に「薔薇座」の主宰者だった千秋実に呼ばれ、舞台に出たのですが、なんと左卜全さんは段取りを無視してしまい、シリアスな芝居をぶち壊したのだとか。それ以来千秋さんから恨まれていたそうです。

左卜全さんの服装は、基本的に着たきりのままで服を新調することもありませんでした。常にボロボロの服なので、まるで浮浪者のようだったそうです。また誰もが驚くような突拍子も無い服装で出歩く事も多かったとか。ムーランで同僚だった明日待子さんは、晴れた日に長靴を履いて雨合羽を着た上に雨傘を持ってやってきた卜全さんを見て驚き、理由を尋ねたそうです。そうすると卜全さんは、「夢で神様からお告げがあったから」だと答え、再び唖然としたと語っています。

激痛に耐えながら

Just a moment... (2549950)

左卜全さんが41歳の時、突発性脱疽を患い脚が不自由になりました。身体障害者手帳も持っていたのですが、手帳を持って外出する事はほとんど無かったそうです。しかし普段の奇行が原因で、世間からは卜全さんの身体障害者は偽物だと思われる事も少なくありませんでした。

激痛に耐えて仕事を続ける夫の姿を見て、世間の噂に深く傷ついて怒りを抑えられなかった妻に対して、卜全さんは全く動じず、そう言う噂があるから逆に助かっていると言い、更に役者に病気があると知られて同情でもされることになれば、それこそ致命的だよ。と妻に笑いながら話したのだとか。

老人と子供のポルカ

老人と子供のポルカ

昭和45年(1970年)2月10日、劇団ひまわりの子役で作られた「ひまわりキティーズ」をバックコーラスにして、左卜全さんの「老人と子供のポルカ」が発売されました。当初、違う歌い手さんの予定でしたがボツとなり、急遽代役が回ってきたのだそうです。

そしてこれがなんと40万枚を売り上げる大ヒット。ここに76歳という「史上最高齢の新人歌手」が誕生したのです。曲は大ヒットだったのですが、卜全さんとの契約は買取だったため20万円しか支払われませんでした。

翌年には、第2弾となる「拝啓天照さーん」が録音されましたが、その直後に左卜全が亡くなり、そのためレコードはほとんど流通しなかったそうです。「老人と子供のポルカ」のレコードの収録の際には、卜全さんの歌い方が遅くて、演奏やひまわりキティーズの歌声と噛み合わず、何度も録り直しをして結局6時間かけてようやく収録できたのだとか。

テレビ中継や収録で歌う時も、左卜全さんは口パクを嫌い地声で歌っていたそうです。しかし当然演奏と歌が合いません。そして演出担当者の指導に対しては、機械のほうで俺に合わせろと言って、平然とマイペースで歌っていたと言いいます。本当に左卜全さんらしいエピソードですね。

とはいえ困ったのが演出担当者、歌が途切れそうな時はミキサーを調整して流すと言う手法を使い、なんとか本放送を凌いだと言います。マイペースを貫く卜全さんですが、本番終了後には必ずスタッフ全員に「お疲れさんでした」とあいさつをして、皆さんを労ってから帰っていったそうです。
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