大原麗子や井上順が所属した遊び人の集い「六本木野獣会」とは?
2020年10月8日 更新

大原麗子や井上順が所属した遊び人の集い「六本木野獣会」とは?

1960年代前半。高度経済成長期真っ只中の東京で、退屈を募らせた良家の少年・少女が夜ごと集う遊び人のサークルがありました。その名も、六本木野獣会。大原麗子、峰岸徹、中尾彬、井上順など、後に芸能界のスターとなる人材も数多く輩出したこの遊び人グループについて調べてみました。

46,519 view

1961年に、富裕層子女の遊び場として結成された<『六本木野獣会』

若者とはいつの時代も、自分たちだけのユートピアを求めるものです。60年代後半は学生運動がその役目を果たしていましたし、80年代後半から90年代前半にかけて社会問題化していったオウム真理教にしたって、主だった信者は若者ばかりでした。
時代背景やその組織ごとの特性こそ違えど、若者が社会への不満・退屈を感じ、その鬱屈したエネルギーの発露を求めて、何かしらの組織を形成するのは、世の常なのです。今だって、社会に大きな波紋を与えるほどの影響力はないにせよ、理想郷を求めた若い世代による大小さまざまなコミュニティが、リアル・ネットを横断して多数存在していることでしょう。

六本木野獣会は、まさにそんな、理想を追い求める若者たちの集まりでした。結成されたのは1961年。荒々しい名称からして愚連隊やゴロツキの集まりかと思いきや、富裕層の子女が夢を語らう社交場だったのだとか。
ヤヌスの鏡

ヤヌスの鏡

作品に登場する、六本木界隈を活動拠点とした不良グループの名称「野獣会」の由来となったと考えられる。

後に歌手となる田辺靖雄が16歳の時に結成した

発起人となったのは、田辺靖雄。『第1回NHK紅白歌合戦』で司会をつとめたNHKアナウンサー・田辺正晴を父に持つ良家出身の田辺は、高校在学中の16歳の時に六本木野獣会を組織します。それがきっかけで、結成の同年、渡辺プロダクションからスカウトされ、1963年には、梓みちよとのデュエット曲『ヘイ・ポーラ』が大ヒット。その後、『ザ・リクエストショー』(NET)や『夢であいましょう』(NHK)にもレギュラー出演するなど、60年代を代表するテレビスターの一人として活躍しました。
田辺靖雄

田辺靖雄

大原麗子、中尾彬、ムッシュかまやつなども在籍

田辺以外のメンバーは、大原麗子、峰岸徹、中尾彬、ジェリー藤尾、小川知子、ムッシュかまやつ、福澤幸雄など。他にもメンバーおり、最大で30人ほどの大所帯になったのだとか。皆、俳優やデザイナーなどの夢があり、夜ごと六本木界隈のカフェやサロンに集まっては、真剣に将来の夢について語り合ったといいます。
大原麗子

大原麗子

13歳の井上順も活動に参加していた

井上順も、六本木野獣会・旧メンバーのうちの一人。彼が加入したのは、わずか13歳の時でした。井上も、代々木公園前で馬場を営む良家に生まれた、正真正銘のお坊ちゃま。何でも、父親は馬場専属の獣医師で、祖父は日本で初めて競走馬を輸入した人物なのだとか。
井上順

井上順

そんなボンボンの井上は、同じような金持ちの子どもの家へ招かれたときに、楽器片手に洋楽の演奏に興じる野獣会のメンバー数人と知り合います。その際に感じたのは、今までに体感したことのない刺激でした。学校では体験できない何かがここにはある…。そう直感した井上はこの日を境に、野獣会へ入会。学校が終わっては、年上の兄貴分・峰岸徹に連れ出されて、六本木の遊び場へ繰り出していたといいます。後年井上は六本木野獣会での活動を振り返り、「今まで知らなかった大人の世界に足を踏み入れるのが、楽しくてしょうがなかった」と後に語っていました。

井上は1963年、グループ・サウンズのバンド『ザ・ジャガーズ』の前身『野獣会オールスターズ』に参加し、1965年には、堺正章やかまやつひろしと共に『ザ・スパイダース』を結成するに至るのです。
ザ・スパイダース

ザ・スパイダース

加賀まりこもメンバーだった?

もう一人、野獣会の代表的メンバーとして認知されているのが、女優の加賀まりこです。しかし、本人いわく加入したつもりはないのだとか。野獣会の会員とも交流があったり、同じ時期に六本木へよく繰り出してはいたそうですが、決してメンバーではなく、むしろ、「野獣会なんて田舎者の集まり」と見下していたといいます。さすが、和製ブリジット・バルドー。気位が違います。
加賀まりこ

加賀まりこ

明治チョコレート広告ポスター

たまり場となったのは、麻布のサロン・キャンティ

野獣会のメンバーがよくたまり場にしていたのが、六本木のカフェ・レオスと、麻布のサロン・キャンティです。特にキャンティは文化人が集うサロンとして知られており、あの大作家・三島由紀夫や建築家の丹下健三などが足しげく通ったといいます。文化とは、才能と才能が出会うたまり場から生まれるもの…そんな理念をもったオーナーによってつくられたキャンティは、当時ティーネイジャーだった野獣会会員の感性を刺激するのに、これ以上ない場所だったに違いありません。
24 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

【吉永小百合や加賀まり子】昭和の時代を彩った美しい名女優たち。

【吉永小百合や加賀まり子】昭和の時代を彩った美しい名女優たち。

吉永小百合や加賀まり子、昭和の銀幕を彩った名女優には驚くほどに美しい方が多くいました。gooランキングのベスト10を拝借し、なかでも人気だった美しい女優の画像を並べてみました。
青春の握り拳 | 63,454 view
【芸能人の初婚相手】大原麗子は○○○○!? 木之内みどりは○○○○!? 意外な元夫は!?

【芸能人の初婚相手】大原麗子は○○○○!? 木之内みどりは○○○○!? 意外な元夫は!?

芸能人の経歴を見ると、「え?あの人と結婚してたの?」「そういえば、結婚してたね!」と思うことが時々あります。今回は、女性芸能人から見た初婚相手という視点で、意外と知られていない、あるいは、すっかり忘れていた「芸能人の初婚相手」を紹介します。
izaiza347 | 542 view
【青木エミ】美人モデルとして存在感を発揮!井上順との結婚やセクシー路線でのご活躍もピックアップ!

【青木エミ】美人モデルとして存在感を発揮!井上順との結婚やセクシー路線でのご活躍もピックアップ!

かつてハーフモデルとして存在感を発揮し、その美貌で多くの男性ファンを虜にした青木エミさん。井上順さんとのご結婚・離婚でも世間を賑わせました。今回の記事では、そんな青木エミさんにフォーカスし、その軌跡をエッチな目線を加えて振り返っていきたいと思います。
tsukumo2403 | 1,397 view
未婚の母・極秘出産、子供の父親を公表していない有名人シングルマザー

未婚の母・極秘出産、子供の父親を公表していない有名人シングルマザー

昭和の時代、結婚をしないで妊娠する「未婚の母」は、スキャンダルとして取り上げられた。そんな時代に極秘出産をして、長い年月を経て告白した有名人。時代は代わり自ら未婚を選び、シングルマザーを選択した芸能人。その中から、子供の父親を公表していない未婚の母の紹介。
「平岩弓枝ドラマシリーズ」を覚えていますか?

「平岩弓枝ドラマシリーズ」を覚えていますか?

毎週水曜日の「平岩弓枝ドラマ」は、原作はもちろんのこと脚本も本人が手掛けたドラマです。さて、どのような作品だったでしょう。

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト