大原麗子や井上順が所属した遊び人の集い「六本木野獣会」とは?
2017年10月14日 更新

大原麗子や井上順が所属した遊び人の集い「六本木野獣会」とは?

1960年代前半。高度経済成長期真っ只中の東京で、退屈を募らせた良家の少年・少女が夜ごと集う遊び人のサークルがありました。その名も、六本木野獣会。大原麗子、峰岸徹、中尾彬、井上順など、後に芸能界のスターとなる人材も数多く輩出したこの遊び人グループについて調べてみました。

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1961年に、富裕層子女の遊び場として結成された<『六本木野獣会』

若者とはいつの時代も、自分たちだけのユートピアを求めるものです。60年代後半は学生運動がその役目を果たしていましたし、80年代後半から90年代前半にかけて社会問題化していったオウム真理教にしたって、主だった信者は若者ばかりでした。
時代背景やその組織ごとの特性こそ違えど、若者が社会への不満・退屈を感じ、その鬱屈したエネルギーの発露を求めて、何かしらの組織を形成するのは、世の常なのです。今だって、社会に大きな波紋を与えるほどの影響力はないにせよ、理想郷を求めた若い世代による大小さまざまなコミュニティが、リアル・ネットを横断して多数存在していることでしょう。

六本木野獣会は、まさにそんな、理想を追い求める若者たちの集まりでした。結成されたのは1961年。荒々しい名称からして愚連隊やゴロツキの集まりかと思いきや、富裕層の子女が夢を語らう社交場だったのだとか。
ヤヌスの鏡

ヤヌスの鏡

作品に登場する、六本木界隈を活動拠点とした不良グループの名称「野獣会」の由来となったと考えられる。
出典 s.mxtv.jp

後に歌手となる田辺靖雄が16歳の時に結成した

発起人となったのは、田辺靖雄。『第1回NHK紅白歌合戦』で司会をつとめたNHKアナウンサー・田辺正晴を父に持つ良家出身の田辺は、高校在学中の16歳の時に六本木野獣会を組織します。それがきっかけで、結成の同年、渡辺プロダクションからスカウトされ、1963年には、梓みちよとのデュエット曲『ヘイ・ポーラ』が大ヒット。その後、『ザ・リクエストショー』(NET)や『夢であいましょう』(NHK)にもレギュラー出演するなど、60年代を代表するテレビスターの一人として活躍しました。
田辺靖雄

田辺靖雄

大原麗子、中尾彬、ムッシュかまやつなども在籍

田辺以外のメンバーは、大原麗子、峰岸徹、中尾彬、ジェリー藤尾、小川知子、ムッシュかまやつ、福澤幸雄など。他にもメンバーおり、最大で30人ほどの大所帯になったのだとか。皆、俳優やデザイナーなどの夢があり、夜ごと六本木界隈のカフェやサロンに集まっては、真剣に将来の夢について語り合ったといいます。
大原麗子

大原麗子

13歳の井上順も活動に参加していた

井上順も、六本木野獣会・旧メンバーのうちの一人。彼が加入したのは、わずか13歳の時でした。井上も、代々木公園前で馬場を営む良家に生まれた、正真正銘のお坊ちゃま。何でも、父親は馬場専属の獣医師で、祖父は日本で初めて競走馬を輸入した人物なのだとか。
井上順

井上順

そんなボンボンの井上は、同じような金持ちの子どもの家へ招かれたときに、楽器片手に洋楽の演奏に興じる野獣会のメンバー数人と知り合います。その際に感じたのは、今までに体感したことのない刺激でした。学校では体験できない何かがここにはある…。そう直感した井上はこの日を境に、野獣会へ入会。学校が終わっては、年上の兄貴分・峰岸徹に連れ出されて、六本木の遊び場へ繰り出していたといいます。後年井上は六本木野獣会での活動を振り返り、「今まで知らなかった大人の世界に足を踏み入れるのが、楽しくてしょうがなかった」と後に語っていました。

井上は1963年、グループ・サウンズのバンド『ザ・ジャガーズ』の前身『野獣会オールスターズ』に参加し、1965年には、堺正章やかまやつひろしと共に『ザ・スパイダース』を結成するに至るのです。
ザ・スパイダース

ザ・スパイダース

加賀まりこもメンバーだった?

もう一人、野獣会の代表的メンバーとして認知されているのが、女優の加賀まりこです。しかし、本人いわく加入したつもりはないのだとか。野獣会の会員とも交流があったり、同じ時期に六本木へよく繰り出してはいたそうですが、決してメンバーではなく、むしろ、「野獣会なんて田舎者の集まり」と見下していたといいます。さすが、和製ブリジット・バルドー。気位が違います。
加賀まりこ

加賀まりこ

明治チョコレート広告ポスター

たまり場となったのは、麻布のサロン・キャンティ

野獣会のメンバーがよくたまり場にしていたのが、六本木のカフェ・レオスと、麻布のサロン・キャンティです。特にキャンティは文化人が集うサロンとして知られており、あの大作家・三島由紀夫や建築家の丹下健三などが足しげく通ったといいます。文化とは、才能と才能が出会うたまり場から生まれるもの…そんな理念をもったオーナーによってつくられたキャンティは、当時ティーネイジャーだった野獣会会員の感性を刺激するのに、これ以上ない場所だったに違いありません。
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