2017年10月12日 更新

【貧乏だった私を救ったPC】カシオのMSX【PV-16】

この記事は懐かしいゲームの攻略法などは書いておりません。貧乏な中坊がパソコンをやっと買い、あれこれやっただけの記録です。懐かしくて涙が出るような記事ではありませんが、可哀そうで涙が出るかもしれません。貧乏人を救い、結果MSX自体を過去のものにしてしまったとの噂もある「カシオのMSX」についての記事です。

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とても手が出なかった、あこがれのNEC PC-6001

私、ジバニャンLOVEがパソコンというものにはじめて触れたのは、学校で教育用のパソコンというものが導入された、1980年代初頭だったと思います。当然おそらく学校に1台か2台しかなかったでしょう。
その時に設置されていたパソコン(というか当時は「マイコン」と呼ばれていたと思います。)が、NECのPC-6001という機種でした。
しかしPC-6001の価格は記憶ですと「89,800円」だったと思います。小学生に手が出せるわけもないし、親だって「単なるおもちゃ」と思うものにそんな大金は出せません。
小学生だった私の垂涎の的、PC-6001。

小学生だった私の垂涎の的、PC-6001。

1985年、ボンボンのA君の家にて。

ジバニャンLOVEが中坊になると、悪友が出来ました。A君とI君です。
A君はボンボンで、PC-6001どころか、その上位機種のPC-8801を自由に操り、当時でも最先端と思われる「フロッピー(たぶん5インチ)」からゲームをやっていました。
確か「ザナドゥ」とかいうゲームだったかな。記憶があいまいです。
PC-8801など、私にとっては夢のまた夢です。別世界の持ち物でした。
こんなようなゲームもA君持ってたかな・・・記憶あいまい。

こんなようなゲームもA君持ってたかな・・・記憶あいまい。

貧乏人はパソコンなど自分で所有できないのか・・・。

私が「ファミコン」なるものを自分の手に入れたのは、実に発売から10年たった1993年です。
ファミコンは1983年登場当時、確か14,800円だったと思います。
しかし、本体が買えても、1本数千円もするゲームカセットが買えません。
ミドルエッジでもよくファミコンソフトの秀逸な記事がたくさんあり、楽しく読ませていただいていますが、同時に、「お金持ちでいいなあ・・・。」という気持ちに、今でもなります(笑)。

そんな中坊ジバニャンLOVEに、ある情報がどこかから舞い込みます。

低価格PC(マイコン?)がカシオから発売される。

標準的なMSXの価格帯が5万円以上だった1984年当時、29,800円という低価格で発売された。
カシオが当時得意とした電卓の技術を駆使し、片面基板にすることで製造コストを抑え、19,800円で発売する事を目指して開発された。価格は当初の目標を越えてしまったものの、3万円を切る事に成功した。
パソコン情報に対してハイパーチューンでもなんでもないジバニャンLOVEは、この「PV-7」の後継機が19,800円で登場してから、この「MSX」というパソコンを知ります。1985年秋の頃でしょうね。
そこから、いろいろジバニャンLOVEは、調査を始めます。
 (1928150)

「MSX」に興味をもった”哀しき”理由。

なぜ私がファミコンより本体が高い「MSX」に興味を持ったかというと、ズバリ「カセットソフトを買わなくてもゲームができる」からです。
プログラムをアマチュアの人が書き、それを掲載している雑誌が存在することは知っていました。
その中で、1冊1000円かそこらで、もちろん他の機種のプログラムも多数掲載されてはいましたが、統一規格であるMSXのプログラムは、コンスタントに1冊で2本か3本は掲載されていました。
これなら買える!というのが理由です。はい、それだけです。

ある意味すごい機種だった、後継の「MX-10」。

CASIO MX-10

CASIO MX-10

このパソコン、19,800円でCASIOが発売しました。
写真ではわからないと思いますが、このパソコン、ものすごくキーボードが小さいのです。
これではプログラムなど打てやしない。
この機種は、PV-7をもっとコストカットして、ファミコン替わりに、MSX仕様のカセットゲームをスロットに入れて遊ぶための機種だったんでしょうね。今となってはそれがわかりますが。

選択肢の結果、ジバニャンLOVE、「PV-16」購入を決定。

MX-10はそれでも我慢すればプログラムを打つことはできるので、選択肢にはありました。
しかし、一番肝心なものが、MX-10は「別売り」でした。
それは、「カセットインターフェース」です。
これが高い。数千円しました。

それを考えると、PV-7の後継機が既に出ていて、カセットインターフェース内蔵でもある、「CASIO PV-16」の購入を、ジバニャンLOVEは決定しました。

1986年1月15日、いざ、秋葉原へ。

1986年1月15日、いざ、秋葉原へ向かいました。
なんで日付を記憶しているかというと、当時は、「成人の日」は1月15日に固定されていたからです。
お年玉をかき集め、正月気分も抜けたこの日、東京は快晴でした。
今でも覚えています。

秋葉原へ行き、電器店で、無事「CASIO PV-16」を29,800円でゲット!!。
オマケで野球のゲームのカセットソフトをつけてくれました。

「ベーマガ」がバイブルに。

ベーマガは、アマチュアの投稿作品とは思えないようなハイレベルのゲームのプログラムが1冊に何本か掲載されていました。
しかし、貧乏な中坊はベーマガそのものを本屋では買いません。
図書館に置いてあるベーマガのバックナンバーを借ります。

「10円コピー」をはじめて使う中学生。

図書館で借りたベーマガですが、長大なプログラムを一気に打ち込むことはできません。
そこで、「コピー機」というものの存在を知ります。
とは言っても、コピーなんてどうやって取ればいいのかわかりません。
ようやく小田急線の東北沢駅北口にある写真屋さんに10円コピーがあることを知り、きれいなお姉さんに使い方を尋ねながら、なんとかコピー。
そのお姉さんも、中学生がプログラムの書いてある本をコピーする光景など目にしたことがなかったようで、「ずいぶん難しいことをやっているのね」と言われたのを覚えています。

10円コピーも、今のようにコピー機の横に10円を入れる機械があるわけではありません。
とりあえずコピーして、コピーしたものをレジに持っていき、店員さんが人力で枚数を数えて、「はい、○○円です。」という仕組みでした。

いよいよプログラムの入力へ。

プログラム入力に欠かせないのが「定規」。

プログラム入力に欠かせないのが「定規」。

紙にびっしり書かれたプログラムを入力するためには、自分が今どこを入力しているのかわかるために、定規を置き、1行打ち込むたびに定規をずらしていきます。

プログラムを打ち終えたら、まず「セーブ」。

プログラムを打ち終えたら、まず、一番先にやることが「セーブ」。
今でいうところの、「名前をつけて保存」ってやつですね。

当時のプログラムの名前に付けられる文字数は、確か「6文字」だったと思います。
しかも、たとえば、「ボウリング」のゲームだったとして、「ボ」で一文字ではなく、「ホ」と「”」の2文字にカウントされてしまうのです。
なので、「ボウリンク」しか、記録できません。
「影さんのお百度参り」というゲームにいたっては、名前は「オヒャクト」です。
あ、もちろん漢字なんて一切打てません。

なぜデバグする前にセーブするかというと、プログラムの多くには、「マシン語」という、16進数で書かれた数字とAからFまでのアルファベットの羅列があり、そこを1つでも間違うと、「暴走」と呼ばれる、今では「フリーズ」のことですね、それが起き、電源を切るしか方法はありません。
今のように、ハードディスクがあるわけでもないので、暴走すると、セーブしていないプログラムは、跡形もなく消え去ります。
なので、まずは間違っていようがいまいが、とにかく最初にやることは、「セーブ」なのです。
これを忘れて何度悲惨な目にあったことか・・・。

トランジスタラジオカセットにセーブ。プログラムは「録音」するもの。

トランジスタラジカセ。

トランジスタラジカセ。

当然モノラルでございます。
プログラムを記録する時のコツは、「CSAVE”○○”」と入力して、エンターキーを押すだけではダメなのです。
トランジスタラジカセは、たまたま家にあったものは一応「リモートスイッチ」がついていましたが、あくまでも専用のマイク専用なので、パソコンから録音のケーブルを差し込むと、構造上プラグがぶつかってリモートスイッチのプラグが差し込めませんでした。

そして録音。
当然CSAVEの後にエンターを押す前に録音が始まらなければなりません。
懐かしい行動だと思いますが、ラジカセって、「REC」と「PLAY」を同時に押さないと、録音できないんですよね。

なので、両方のボタンを押してから、パッとエンターキーを押し、セーブが終わったらすぐに「STOP」ボタンを押す、ということを何回もやっていました。

どこにプログラムがあるか「カウンタ」を紙に記録。

カセットテープは、プログラムを何本も録音していくと、どこに何のプログラムが入っているのかわからなくなります。
そこも家にあった「NATIONAL」製ラジカセは結構当時としては高性能で、3桁の「カウンタ」がついていました。
なので、それを記録し、「カウント000-100 ボウリング 101-200 カーレース」などと、記録していくのがジバニャンLOVEにとっては当たり前でした。

デレコ(データレコーダー)を買ってもらう。

 (1928250)

どういう風の吹き回しか、親が機嫌がいいのか、あこがれの「デレコ」を買ってもらうことに!。
今まではトランジスタラジカセと共用だったので、パソコンのデータを記録したテープから、音楽を聴くテープに替えると、カウンタがくるってしまいます。
そのため、このカセットがどの位置で止まっているかを記録しておく必要がありました。
それが、専用のデレコがあれば、その手間がなくなります。
しかも、リモートスイッチのケーブルが使える!ってことは自動でカセットが動き、自動で止まるんです!!。
この2つはでかかったですね。
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