80年代のバンドブーム
1980年代半ばは、インディーズ全盛時代だった。
1980年代半ばになると、雑誌「宝島」を中心にインディーズ・ブームが起こり、NHKで特別番組「インディーズの襲来」としてパンク・シーンが紹介されるほどの社会現象となった。その中でも、ハードコア・シーンから登場しポップセンスを取り込んだLAUGHIN' NOSE、THE WILLARD、有頂天は「インディーズ御三家」と言われ高い人気を誇った。
前述のテクノポップやニューウェーブだけでなく、インディーズ・ブームで脚光を浴びたナゴムレコード、前述のポジティヴ・パンクとともにヴィジュアル系の源流の1つとも言えるYBO2、Z.O.Aなどのトランスレコード、また非常階段、ハナタラシ、ザ・ゲロゲリゲゲゲのようなノイズなど、当時のアンダーグラウンド、インディーズ・シーンで活躍するバンドの多くは、パンクロックの影響下にあり、実際パンクバンドとの対バンが多く、広義ではパンクと目される場合もあった。
「有頂天」というバンドは怪しいバンドだった
その中にあって「有頂天」は怪しいバンドだった。
バンドのメンバーがころころ代わる。バンドなのに音楽だけじゃなく、演劇をやったりする。
おまけにボーカルのケラは、他のバンドをプロデュースしたり、インディーズ・レーベルを主催したり、別名義で映画を撮ったり。。。多芸多才というか、なんだか節操のない印象ばかりで、インディーズだから、とちょっと色眼鏡で見てしまう部分もあった。
が、音楽的な部分では、メジャーデビュー第一弾シングル「BYE-BYE」。これで彼らに対する印象が変わった。
バンドのメンバーがころころ代わる。バンドなのに音楽だけじゃなく、演劇をやったりする。
おまけにボーカルのケラは、他のバンドをプロデュースしたり、インディーズ・レーベルを主催したり、別名義で映画を撮ったり。。。多芸多才というか、なんだか節操のない印象ばかりで、インディーズだから、とちょっと色眼鏡で見てしまう部分もあった。
が、音楽的な部分では、メジャーデビュー第一弾シングル「BYE-BYE」。これで彼らに対する印象が変わった。
[PV] 有頂天 - BYE-BYE - YouTube
via www.youtube.com
そんな「有頂天」は説明の難しいバンド
バンド結成は1982年。結成当時は楽曲もステージングにもコミカルな要素が多かった。その後、メンバーチェンジにより音楽性にも大きく変化があるが、人気がなかなか得られず、1984年11月には目黒鹿鳴館にて観客動員0を記録、ステージングもコントから徐々に演劇的な要素が多くなる。
第4期メンバーの時に演劇的要素を廃し、よりポップに変化して行くと同時期にNHKで放送された「TV-TV インディーズの襲来」に出演、1985年にリリースしたチューリップの『心の旅』のカバーがヒット。インディーズ盤ながらオリコンのチャートにランクインするなど一気に人気が上昇し、「新しいサザンオールスターズ」と呼ばれたことも。
その後はナゴムレコードの他のアーチストとともにインディーズシーンを盛り上げていった。1986年にキャニオンレコードからメジャーデビュー、その後インディーズシーンに戻ったが、1990年再び東芝EMIからアルバムをリリースし、1991年に解散した。
メンバーに関しては、担当と名前だけ。ケラ以外のメンバーについてほとんど説明がない。インディーズバンドらしい、他バンドとの掛け持ちやら、サポートやら。メンバーも実のところ本業がはっきりしなかったのかもしれない。
「有頂天」が所属していた「ナゴムレコード」と言うレーベル
1980年代後半において、インディーズアーティストを専門に扱うレーベルとしてはキャプテンレコード、トランスレコードなどと並ぶ最大手レーベルの一つであった。当時のサブカルチャーの一端を担い、1990年代以降に著名となった多くのミュージシャン、クリエイターや俳優を輩出したことで知られる。
レーベル作成当初は、ケラのバンド有頂天と、加藤賢崇・岸野雄一らのバンド東京タワーズのみが所属しており、加藤・岸野らは2つのバンドのみの共同レーベルと考えていた。だが、ケラが独自に多くのバンドをスカウトしてレコード化していき、自然の流れでケラが主宰者となった。
「ナゴムレコード」という名前を決めたのは岸野雄一と川勝正幸であるという[1]。先鋭的な活動をするからレーベル名くらいは「和む」がいいというのが、その理由。
メジャーレコード会社はもちろん、インディーズレーベルでも引っかからないような個性の塊の様なバンドを積極的に取り上げた。在籍するミュージシャンの音楽性はさまざまだったが、いずれも外見・パフォーマンス面も含め異彩を放つ個性派と目された。
過去に所属した主なバンド
★有頂天/ケラ(ソロ名義、Mr.ナゴム(後にケラ)&ジ・インディーズなど)1986年メジャーデビュー、1991年解散。2014年12月再結成。
★空手バカボン
★筋肉少女帯:1988年メジャーデビュー。
★人生 (ZIN-SAY!):テクノ・バンド「電気グルーヴ」の前身、1991年メジャーデビュー。
★たま:1990年メジャーデビュー
★ばちかぶり:俳優田口トモロヲがヴォーカルを務めるバンド、1990年メジャーデビュー。
★有頂天/ケラ(ソロ名義、Mr.ナゴム(後にケラ)&ジ・インディーズなど)1986年メジャーデビュー、1991年解散。2014年12月再結成。
★空手バカボン
★筋肉少女帯:1988年メジャーデビュー。
★人生 (ZIN-SAY!):テクノ・バンド「電気グルーヴ」の前身、1991年メジャーデビュー。
★たま:1990年メジャーデビュー
★ばちかぶり:俳優田口トモロヲがヴォーカルを務めるバンド、1990年メジャーデビュー。
バンドブームの終焉とともにいつの間にか消えていった「有頂天」と「ナゴムレコード」
「ナゴムレコード」と「有頂天」(というよりもケラ)が当時辿った道は、次のようなものだったらしい。
ナゴム 1/2 - YouTube
ケラと呼ばれた男
via www.youtube.com
ナゴム 2/2 - YouTube
via www.youtube.com
現在、「有頂天」と「ナゴムレコード」はどうなった?
「有頂天」の現在。
2014年、後期メンバーによるセッションライブを敢行し、再結成を発表。2015年6月17日には、ミニアルバム「lost and found」をタワーレコード限定にてリリースし、活動再開した。
「ナゴムレコード」の現在。
2013年7月24日、ケラがTwitter上で創立30周年を機に新生ナゴムレコードを立ち上げると発表した。ケラと鈴木慶一との共同運営体制となり[2]、第1弾作品として2人のユニットであるNo Lie-Senseのファースト・アルバムが11月6日にリリースされた[3]。
音的にはチープに感じるが、それがかえって曲全体に物悲しい雰囲気を与えた気がする。