日本人初の宇宙飛行士を改めて調べなおしてみました
2022年7月12日 更新

日本人初の宇宙飛行士を改めて調べなおしてみました

日本人初の宇宙飛行士というと毛利衛さんを思い出します。さて、この記憶は正しかったのか!

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はじめに

2021年12月8日に前澤友作が、民間の日本人として初めて国際宇宙ステーション(ISS)への滞在をしたのは記憶に新しいですよね。

このニュースで、自分の頭に浮かんだのが毛利衛でした。確か日本人初の宇宙飛行士ではなかったかと。気になって調べているうちに自分が間違って記憶していたことを知りました。

さて、初の宇宙飛行士は誰だったのでしょうか。ご紹介していきますね。

日本人で宇宙に初めて行ったのは

日本人で初めて宇宙飛行したのは、TBS社員の秋山豊寛でした。
ですが、「彼は宇宙飛行士ではない」という話を聞くともありますが、宇宙飛行士とは次のような定義があります。

「宇宙飛行士の定義」
日本人に関しての報道では、かつての宇宙開発事業団や、同事業団が東京大学宇宙科学研究所・科学技術庁航空宇宙技術研究所と統合したJAXA(宇宙航空研究開発機構)所属の飛行士を「宇宙飛行士」と主に指しています。ですが世界的にみますと宇宙飛行士訓練をしたものは宇宙飛行士です。ロシアで訓練した者は「コスモノート」と呼ばれ、アメリカで訓練した者は「アストロノート」、中国では「タイコノート」。また、宇宙飛行士は宇宙船のパイロットという意味ではなく、地球の大気圏外において宇宙船の操縦や科学実験などの業務を行う人のことを指します。ただし、観光目的の場合は宇宙飛行士と見なさないとあります。

ですので、秋山さんはロシアで訓練したのでコスモノート。つまり宇宙飛行士です。
そして、前澤さんは宇宙旅行者であって、宇宙飛行士ではないことになりますね。
秋山豊寛の肖像画

秋山豊寛の肖像画

宇宙ステーションミール

宇宙ステーションミール

さて、秋山豊寛さんの経歴を紹介します。

彼は、大学を卒業しTBSで報道を担当する社員でした。47歳の時(1989年)、TBS創立40周年記念事業として、日本人のミール訪問に関する協定をソビエト連邦の宇宙総局とTBSが調印しました。これに伴い社内で宇宙飛行士を公募があった際、宇宙から生中継するチャンスはめったになく、視聴者と時間を共有する生中継がテレビの基本だと思い応募したのだそうです。

応募者の中から選抜されたのち、1989年10月から1990年11月までロシアで訓練を行い、1990年12月2日に、当時のソ連バイコヌール宇宙基地より宇宙船ソユーズTM-11に搭乗し、ミール宇宙ステーションへ飛び立ちました。ミール滞在中は、ニホンアマガエルの生態観察や、彼が被験者となり睡眠実験を行ったりしました。

もちろんTBSは、この宇宙プロジェクトを連日報道し、打ち上げと帰還時には特別番組を生放送で伝えました。TBSとの生中継時に地球からの呼びかけに対して「これ、本番ですか?」という第一声を発したのは有名な話です。

ちなみにTBSでは選抜されたのは彼だけでなく、同社員菊池涼子も選抜され宇宙飛行士としての訓練を受けましたが、打ち上げ前に虫垂炎となり搭乗ができなかったのだそうです。

ソユーズTMA-7

ソユーズTMA-7

日本人初のスペースシャトル搭乗者が

日本人で初めてスペースシャトルに搭乗したのが、毛利衛さんです。

1983年12月に宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構NASDA)が、1988年初め頃の飛行を前提にスペースシャトルに搭乗する初の日本人宇宙飛行士を募集し、候補者に選ばれたのが毛利衛さんです。当時37歳でした。順当にいけば秋山さんより先に宇宙へ行き、日本人初の宇宙飛行士となったのですが、1986年のチャレンジャー号爆発事故で、彼が登場する予定だった1988年のスペースシャトルの発射が中断となってしまい、日本人初にならなかったのです。

1985年に最終候補者として選ばれ、日本とアメリカとで宇宙飛行士としての訓練を受けましたが1988年搭乗予定が中断、延期となり1992年にスペースシャトルエンデバーにやっと搭乗し宇宙へ飛び立ちました。

エンデバーでは、ペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者)とし搭乗しています。エンデーバーのプロジェクトは、スペースラブ・モジュール内でのNASAとNASDAの共同宇宙実験で、微小重力環境下での材料実験や、鯉を用いた宇宙酔いの動物実験を含む生命科学の実験の実施でした。
毛利 衛

毛利 衛

スペースシャトル・エンデバー

スペースシャトル・エンデバー

彼の経歴はというと、小学校4年生のときに見た人工衛星「スプートニク1号」が宇宙へ興味を持ったきっかけとなり、北海道大学院まで化学を学び、研究しました。卒業後はオーストリアの大学へ留学し研究を深めました。その後、母校である北海道大学で助教授として研究等々を行っていましたが、35歳の時(1983年)夢を叶えるべく宇宙飛行士の募集に応募したのです。

帰還後は、宇宙開発事業団に在籍し1998年にはNASAのミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者)の資格を取得し、再び宇宙へ。2度目となった宇宙飛行では、レーダーによる地球の地形の精密な観測 を行いました。

日本人女性初の宇宙飛行士は

さて、次は日本人女性初の宇宙飛行士である向井千秋さんです。

向井さんは外科医師で、なんと石原裕次郎の担当医の一人でもありました。彼女は毛利さんと同じ1983年の宇宙飛行士の募集に応募し選ばれました。彼女が31歳のときです。

この 旧宇宙開発事業団の宇宙飛行士募集には、医者や教育者など多種多様な人が宇宙へ行き研究するのが目的だったようで、職種も問わなければ男女も問わないといった驚きの募集内容だったようです。当時は男女雇用機会均等法が制定される前で、まだまだ女性は男性に守られる側と言った風潮の中、宇宙へ行くという危険なことを男女を問わず募集したというのは、彼女にとって大変驚きだったようです。

もちろん彼女の応募動機には、「宇宙から地球をみたい」というのも大きな動機であったことは間違いないようですが。

向井千秋

向井千秋

彼女は、毛利さんと同じく1985年に多数の応募の中から宇宙飛行士候補として選出され、宇宙飛行士の訓練を受け、実験担当のペイロードスペシャリスト(搭乗科学技術者)として搭乗することになっていました。

毛利さんに遅れること2年。1994年7月8日、スペースシャトルコロンビアでのミッション に、ペイロードスペシャリストとして搭乗し、金魚の宇宙酔い実験などを行いました。

その後、1998年10月にスペースシャトルディスカバリーで2度目の宇宙へ飛び立ちます。飛行中に「宙がえり 何度もできる 無重力」という短歌の上の句を詠み、これに続く下の句を募集し話題となったのは有名です。この募集には14万5千首の応募があったといいます。応募の結果、一般の部では「湯舟でくるり わが子の宇宙」、小中学生の部では「水のまりつき できたらいいな」が選ばれたそうですよ。

地球へ帰還後は、医師として現場には戻らず宇宙へ行った経験をあらゆる機関で講義したり、宇宙研究のお手伝いをされているようですね。

日本人で初めてミッションスペシャリストとして宇宙活動した

日本人初のミッションスペシャリスト(搭乗運用技術者)として宇宙へ行った若田光一さん。

彼は、5歳の時に「アポロ11号」が月に着陸するのをテレビで見て、宇宙に対する強いあこがれを持ったのだそうです。ですが、その頃日本人が宇宙へ行くなど遠い話だったので、航空機の技術者を目指しました。1989年に大学院を卒業し、日本航空へ就職しますが、そこで転機は訪れます。

なんと28歳の時(1991年)に宇宙開発事業団(NASDA)が宇宙飛行士を募集したのです。もちろん彼は応募し、見事1992年に宇宙飛行士候補として選ばれました。それもミッションスペシャリストとしてです。

毛利さんがスペースシャトルに搭乗していたころは、NASAはスペースシャトル自体の運用を行う資格(ミッションスペシャリスト)を外国人に認めていなかったのです。ですが宇宙開発事業団(NASDA)と宇宙科学研究所(ISAS)が共同開発した宇宙実験・観測フリーフライヤーをスペースシャトルで回収することとなり、ミッションスペシャリストの門戸を外国人にも開放する運びとなったのです。

それが、若田さんが応募した宇宙飛行士の募集だったのですね。

ちなみにミッションスペシャリストとは、搭乗運用技術者のことでスペースシャトルの運用全般を担当し、船外活動(宇宙遊泳)やロボットアームの操作、打ち上げ帰還時の操縦手の補佐などを担当する宇宙飛行士のことです。
若田光一

若田光一

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