田中邦衛⇒英語教師
現在85歳になり、度々リハビリ生活が報じられている田中邦衛。千葉県柏市にある麗澤短期大学英語科卒業後は、故郷・岐阜へ戻り、地元の中学校で英語の代用教員(教員資格を持たない教師)をしていたといいます。
本人が語った話によると、中学1年生の1学期に学習する三人称単数現在形の「S」の存在を知らず、授業中、生徒に教えてもらったのだとか。よくそれで教師が務まっていたものです。とはいえ、あの独特なしゃべり方、なんとなく英語の発音に向いている気がしないでもありません。
本人が語った話によると、中学1年生の1学期に学習する三人称単数現在形の「S」の存在を知らず、授業中、生徒に教えてもらったのだとか。よくそれで教師が務まっていたものです。とはいえ、あの独特なしゃべり方、なんとなく英語の発音に向いている気がしないでもありません。
プリティ長嶋⇒水道局員
読売巨人軍終身名誉監督・長嶋茂雄のモノマネの第一人者として知られるプリティ長嶋は、千葉県の水道局に勤務していました。それも10年間の長きに渡って。この素人時代も、職場の同僚からは本名の片岡馨(かたおかかおる)ではなく「長嶋」として認知されていたというから、もともとモノマネの天稟があったのでしょう。なお現在は、千葉県議会議員をつとめる政治家として活躍しています。
アントキの猪木⇒市役所職員
こちらも、公僕からモノマネ畑への転身者。千代田町役場(現・かすみがうら市役所千代田庁舎)につとめていたアントキの猪木の持ち場は、建築課・土木課でした。その後、23歳の時に福祉課へ異動。二級建築士の資格を活かしたかったという本人としては、しぶしぶながらの配置換えでしたが、高齢者の話し相手をしているうちに、次第に仕事が楽しくなってきたとのこと。この福祉課時代、敬老会やカラオケ大会の司会をつとめているうちに「猪木に似ている」と評判になり、28歳のときにタレントへ転身するのでした。
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竹内力⇒銀行員
強面のVシネ俳優としてお馴染みの竹内力は、高校卒業後に三和銀行へ就職し、三和銀行・淡路支店(現在の三菱東京UFJ銀行・淡路支店)に配属されました。ある時、力は、上下黄色のスーツで出勤。当然、上司に注意されます。そこで次の日には、上下黄緑のスーツに着替えて出社したというから、破天荒にもほどがあるというものです。しかし、勤務態度は至ってまじめであり、良い人と評判だったというから、人は見かけによりません。
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林原めぐみ⇒看護師
『新世紀エヴァンゲリオン』の綾波レイ役、『名探偵コナン』の灰原哀役などをつとめ、90年代後半に絶大な人気を博した声優・林原めぐみ。彼女が看護師を志すようになったのは、中学3年生の時に父親が倒れたことがきっかけでした。
高校卒業後は看護学校へ進学し、同時に声優にも憧れを抱いていたため、声優養成所へも入所。看護学校と声優養成所、どちらも3年間両立し、しっかり卒業したというからたいしたものです。その後、正看護婦免許を取得した林原は、声優として芽が出るまで、声の仕事と看護師のアルバイトを並行して続けていたといいます。
高校卒業後は看護学校へ進学し、同時に声優にも憧れを抱いていたため、声優養成所へも入所。看護学校と声優養成所、どちらも3年間両立し、しっかり卒業したというからたいしたものです。その後、正看護婦免許を取得した林原は、声優として芽が出るまで、声の仕事と看護師のアルバイトを並行して続けていたといいます。
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宮川花子⇒警察官
漫才コンビ「大助・花子」の嫁のほう、宮川花子は、かつて大阪府警につとめる警察官でした。女だてらに警官となった理由は「男にでもボロクソに言えてスカッとするから」とのこと。イメージ通り過ぎます。城東警察署へ配属後は交通巡視員となり、違反検挙率トップを獲得するなど優秀な働きを見せていたものの、芸人になる夢を諦めきれず、チャンバラトリオへ弟子入り。
その後、紆余曲折を経て宮川大助とコンビを結成します。なお、花子は、2010年4月にかつての勤務先・城東警察署の一日署長を務め、「37年ぶりの大出世」を果たしました。
その後、紆余曲折を経て宮川大助とコンビを結成します。なお、花子は、2010年4月にかつての勤務先・城東警察署の一日署長を務め、「37年ぶりの大出世」を果たしました。
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藤井フミヤ⇒国鉄職員
父親が鳥栖駅長などを歴任した国鉄職員だった藤井フミヤは、高校卒業後、父と同じ国鉄に入社。鳥栖駅で半年間の見習期間を経たのちに、早岐駅輸送係として貨物列車の操車・入換業務を担当していたといいます。
それにしても、高校入学3日で無期停学になるほどの悪ガキだった高卒のフミヤが、当時難関と言われた国鉄に入社できたのは、どう考えても不可解極まりありません。駅長まで上り詰めた父親が何らかの力を働かせたのでは?…と邪推してしまいますが、まぁそこは、2016年にフミヤの長男・弘輝がフジテレビアナウンサーになったことも含めて、あまり深堀しないほうが良いのでしょう。
それにしても、高校入学3日で無期停学になるほどの悪ガキだった高卒のフミヤが、当時難関と言われた国鉄に入社できたのは、どう考えても不可解極まりありません。駅長まで上り詰めた父親が何らかの力を働かせたのでは?…と邪推してしまいますが、まぁそこは、2016年にフミヤの長男・弘輝がフジテレビアナウンサーになったことも含めて、あまり深堀しないほうが良いのでしょう。