2017年5月16日 更新
三菱にも元気だった時代があった!「ディアマンテ」の歴史を振り返ろう
バブル期に誕生した、それまでのセダンとは一味違った、個性的でエレガントな4ドアサルーン「ディアマンテ」。今では見る影がないほど落ちぶれてしまった三菱自動車の、元気だった時代の象徴ディアマンテについて、語っていきましょう。
1995年、先代のコンセプトを継承しつつ、よりハイテクで、衝突時の安全性なども高めた「ニューディアマンテ」として発売されました。
ルックスは、独特だった先代のフロントマスクから、弱冠オーソドックスなスタイルにシフト。ややフォーマルな印象になってます。
1995 MITSUBISHI DIAMANTE Ad
エンジンは2.0クラスが廃止となり、2.5、3.0クラスもそれぞれパワーアップ。当時のFF車としては世界初の、電子制御5速ATを搭載し、よりパワーがあって、スムースで安全な走行を実現しています。
2代目ディアマンテのスペック
ディアマンテ30R-SE 4,408,000円
型式 E-F47A
全長×全幅×全高 4,785×1,785×1,445mm
エンジン型式 6G72
最高出力 230ps/6,000rpm
最大トルク 29.2kg・m/5,000rpm
種類 V型6気筒DOHC24バルブ
総排気量 2,972cc
車両重量 1,620kg
1996年1月カタログより
ディアマンテがヒットした背景
ディアマンテが登場した1990年はバブル景気の真っ只中。
高級志向の人々の欲求に応えて、好景気にうまく乗った形ですが、それだけではありません。
ディアマンテ登場の前年の1989年、消費税が導入されます。それに伴って自動車税も改定されました。これにより2,500cc未満の3ナンバーの自動車税が、それまでの年間81,500円から45,000円に、3,000cc未満の自動車税が81,500円から51,000円に、それぞれ激減したので、高級志向の時代背景とともに、3ナンバーの車の売れ行きが急上昇したのです。
ディアマンテにとって幸運だったのは、ライバル車となるマークⅡやローレルは、それ以前にも2.5Lや3.0Lのグレード車も販売してはいましたが、本格的に全車3ナンバーサイズとして売り出したのが、マークⅡが1992年、ローレルが1993年になってからだったという事。
ライバルに先駆けてワイドボディー化に舵を切った、三菱の作戦勝ちだっと言えるのかもしれません。
「あのクルマとは違う」というキャッチコピーに、してやったり感がにじみ出てる、と思うのは勘ぐりすぎでしょうか。
三菱自動車の斜陽とともに
2000年に三菱自動車のリコール隠しが発覚し、本社が強制捜査を受ける事態に発展。その後、一連のリコール隠しが起因と見られる死亡事故も発生し、三菱自動車の信頼はガタ落ちになって行きます。
2005年には本社の赤字幅が拡大し、資本提携していたダイムラーにも提携を打ち切られ、三菱自動車の販売台数は激減します。
そんな三菱本体が傾きつつあるなか、ディアマンテも2005年に約15年間の歴史に幕を閉じる事となりました。
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