蘇る金狼!上田馬之助!馬場、猪木を巻き込んだ「日本プロレス密告事件」やレスラーとしての活躍を振り返る!
2018年9月30日 更新

蘇る金狼!上田馬之助!馬場、猪木を巻き込んだ「日本プロレス密告事件」やレスラーとしての活躍を振り返る!

長らくプロレスのリングでヒールとして活躍した金狼こと上田馬之助。ジャイアント馬場やアントニオ猪木らと画策した日本プロレスの一部幹部への退陣要求。後に上田馬之助による裏切り行為があったとされ「日本プロレス密告事件」と呼ばれる一件などを並木モッズのイラストで振り返る。

1,622 view

70~80年代を代表するヒール・上田馬之助!金髪がトレードマーク!

皆さんは上田馬之助(うえだ うまのすけ)というプロレスラーを覚えていますか?
大相撲の力士を経て、日本プロレスに入門プロした70~80年代を代表する名ヒールです。

190cmの大柄で、金髪がトレードマークでした。
 (2053319)

1966年からアメリカを舞台に活動し、1971年3月に帰国した上田馬之助。
以降、各団体のリングを渡り歩きながら、日本人としてはおそらく初めてとなるヒールとしてのスタイルを確立していきました。
「男は馬之助―場外乱闘を生きてみろ! 」 1983/6

「男は馬之助―場外乱闘を生きてみろ! 」 1983/6

1971年に起こった「日本プロレス密告事件」

上田馬之助がアメリカから帰国した1971年にプロレス界を大きく揺るがす大事件が起こります。
当時の日本プロレスの不正な会計処理などに不満を持っていたジャイアント馬場やアントニオ猪木ら選手会一同が、経営陣の不正を正そうと一部幹部の退陣を突きつけようと画策していました。
 (2053324)

真相は未だに分からず・・・

経営陣には知られないようにアントニオ猪木を中心に、水面下で動いていた選手側。しかし、上田馬之助が意図的にその動きを経営陣にリークしたと言われています。
それからアントニオ猪木の動きがマークされ、結局封じ込まれることとなりました。

アントニオ猪木はこの騒動に乗じて、日本プロレスにおける経営トップに立つという目的があったと言われますが、実際のところは様々な証言があり、真相は分かっていません。

しかし、この事件後に上田馬之助とアントニオ猪木は和解することになりますが、気心の知れた仲だった二人が、仲違いをしてしまったのは間違いありません。上田馬之助はある雑誌のインタビューで「あの時、私は裏切り者にされた。一度猪木に経緯を説明したい。いかに私が日本プロレス幹部からいじめられていたことを…」とコメントしています。
 (2053327)

一方のアントニオ猪木は、自著「アントニオ猪木自伝」で事件に言及し「経営陣の不正を正したかったことに嘘はない」と語っています。

以降、ジャイアント馬場が「全日本プロレス」、アントニオ猪木が「新日本プロレス」を立ち上げています。この両者に上田馬之助を加えた三人はこの一件でプロレス人生が大きく変わってしまいました。
「アントニオ猪木自伝」2000/2

「アントニオ猪木自伝」2000/2

1986年の前田日明とガチンコの名勝負!

1986年10月、数々の異種格闘技戦で知られるキックボクサーのドン・中矢・ニールセンに勝利したことで前田日明は「新格闘王」と呼ばることになります。
同年3月には上田馬之助とも対戦し、シュートと呼ばれるガチンコの勝負を繰り広げています。
 (2053333)

フライング・ニールキックやジャンピング・ニー・バットなど多彩なキックを持つ前田日明。試合で前田日明のキックの応酬を喰らい続けますが、上田馬之助は一向に倒れることはありませんでした。

途中、側頭部にハイキックを見舞われますが、ここでもダウンせずに、得意のフライング・ニールキックでようやくダウンするなど、ガチンコ勝負に会場は大盛り上がりとなりました。
上田馬之助のシュートでの実力は知られていなかったため、当時勢いに乗っていた前田日明のキックを受け続けるという強烈なインパクトを与えました。

晩年は胸下不随の状態に

1996年3月に東北自動車道で交通事故に遭い、一命は取り留めたもののり頸椎を損傷してしまい、胸下不随の状態となります。首から下が動かず、生活が180度変わってしまいます。
しかし、1998年にはリハビリを経て、「上田馬之助現役引退記念大会」に車椅子に乗って登場。往年のファンを安心させています。
 (2053335)

29 件

関連する記事こんな記事も人気です♪

プロレス総選挙2017順位結果発表!&マツド・デラックス的プロレス総選挙!その1日本人ヘビー級編

プロレス総選挙2017順位結果発表!&マツド・デラックス的プロレス総選挙!その1日本人ヘビー級編

WBCの延長で放送時間がゴールデンから一気に深夜番組となってしまった「プロレス総選挙2017」!!こんな結果だったと言うお知らせとマツド・デラックス的にあたしの独断でそれぞれの部門のベスト10を作ってみたわ!これはひとそれぞれ好きな人が違うから皆ににも投稿してもらいたいわよ!
テレビ朝日『プロレス総選挙』アントニオ猪木が「史上最高のプロレスラー」に決定!

テレビ朝日『プロレス総選挙』アントニオ猪木が「史上最高のプロレスラー」に決定!

テレビ朝日で、現役・OBレスラー200人と、ファン1万人がガチで投票した『プロレス総選挙』が放送され、「史上最高のプロレスラー」がランキングが明らかになった。
red | 1,715 view
【訃報】6団体を渡り歩いたプロレスラー・永源遙さんが死去。悪役商会やツバ攻撃が人気だった

【訃報】6団体を渡り歩いたプロレスラー・永源遙さんが死去。悪役商会やツバ攻撃が人気だった

28日、元プロレスラーの永源遙さん(本名同じ)が死去したことが分かった。70歳だった。永源さんは木村政雄に誘われ、66年に大相撲立浪部屋から東京プロレスに入門。その後、東京-日本-新日本-ジャパン-全日本-ノアと主要6団体を渡り歩いた。
“ミスタープロレス”天龍の引退までを描いたドキュメンタリー映画が完成!本人も絶賛!

“ミスタープロレス”天龍の引退までを描いたドキュメンタリー映画が完成!本人も絶賛!

昨年引退した元プロレスラーの天龍源一郎(66)の引退までを描いたドキュメンタリー映画「LIVE FOR TODAY-天龍源一郎-」の完成披露試写会が開催され、天龍が舞台挨拶を行った。映画は天龍本人も絶賛する仕上がりとなっている。
【プロレスラー入場テーマ曲・80~90年代】まさに花道、プロレスラー達の入場テーマ曲を主なヘビー級レスラーの歴史とともに振り返る。

【プロレスラー入場テーマ曲・80~90年代】まさに花道、プロレスラー達の入場テーマ曲を主なヘビー級レスラーの歴史とともに振り返る。

プロレスを愛する人々にとって贔屓のプロレスラーの入場ほど気持ちが高揚する瞬間はありません。アントニオ猪木、ジャイアント馬場から始まる数々の名レスラー達、その入場時には自らとファンのボルテージが一気に高まる入場テーマ曲を用意して試合に臨んでいました。そんな興奮を味わいたくて会場に足を運んだ人も多いのではないでしょうか。80~90年代の名レスラー達とともに振り返ってみましょう。
青春の握り拳 | 461,765 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト