ツバメ
ハットリくんのことを「ハットリ様」と呼び、ケンイチやケムマキからは「ツバメっこ」と呼ばれている。
「忍者ハットリくん」こぼれ話
作者である藤子不二雄Ⓐは、自分の作品の中では一番のお気に入りだという。アニメ化が決定されると1980年代に合わせた新設定で連載を開始。作者はアニメ版の声優の個性溢れる演技に感銘を受け、筆が進んだと語っている。
藤子Ⓐ作品の中ではもっとも長期となり、1988年に旧シリーズから足掛け20年近く掛けて、初めて最終回が描かれた。
「獅子丸」は当時先生が飼っていらっしゃったチャウチャウ犬がモデルだとか。このチャウチャウ犬の大好物が「ちくわ」で、それで、ちくわを銜えて印を結び『ほにょにょ!』のポーズが「獅子丸」の得意のポーズが生まれたのである。
一方の「影千代」のモデルは、当時赤塚不二夫先生の制作スタジオに飼われていた、無芸なのだが『あれをやれッ!』と言われると仰向けにひっくり返り「バンザイ」をする「菊千代」という名前の猫だったとか。
ケムマキの声を演じていた声優の肝付兼太さんはスネ夫(ドラえもん)・ドラキュラ(怪物くん)・パーやん(パーマン)・ハカセ(オバケのQ太郎)・ナレーション(プロゴルファー猿)と藤子アニメのほとんどを同時期に担当していました。
「おかあさんといっしょ」内で放送されていた「にこにこぷん」のじゃじゃ丸も担当していたそうなので、80年代当時の忙しさは相当なものだったのではないかと思います。
気になる最終回は?
原作よりも一足早く1987年12月に放送は終了するが、「雪山のからくり山荘の巻」は最終回らしい内容ではなく、影千代がひっそりとプラカードを持って「おわり」と告げたのみである。次回からは何事もなかったかのように再放送が1989年6月30日まで続けられた。
お風呂を覗かれて激怒した夢子ちゃんにケンイチは雪だるまにされてしまいます。一方その頃ケムマキはハットリくんにお仕置きされ、「ニンニン」と〆て終了します。
最後の「ニンニン」のところで影千代が回していたプラカードに「おわり」と告げられて終了するという、最終回らしくない終わり方でした。
口癖は「~ニャリン」「アッチャラパー!」で、ケムマキのことを「ごしゅりんたま」と呼び慕っている。