森下恵理プロフィール
名前:森下 恵里
(もりした えり)
本名:登 恵理
(のぼり えり)
生年月日:1967年8月6日(51歳)
出身地:北海道札幌市
森下恵理さんは1981年中学2年の時、芸映主催の
『西城秀樹の弟妹オーディション』にて、準優勝を受賞。
松本伊代さんの『センチメンタル・ジャーニー』を本選で披露し、サビの歌詞『伊代はまだ16だから』を
『恵理はまだ14だから』に変え、
審査員の票を多く獲得。
ところが西城秀樹さんが『石川秀美』さんを猛プッシュしたため、
森下さんは『準優勝』という結果になりました。
森下さんは芸能界に入りました。
そして1985年6月21日
『ブルージン・ボーイ!』でアイドル歌手としてデビュー。
同オーディションにて優勝し、1982年にデビューした『石川秀美』さんより
3年遅いデビューとなりました。
デビュー曲はオリコン『29位』で、自己最高記録となりました。
王道のアイドル路線で売り出し、新人賞レースや雑誌などにも登場。
同期デビューの本田美奈子さん・中山美穂さん・井森美幸さん・網浜直子さんと親交があったようです。
ブルージン・ボーイ! 森下恵理 スーパージョッキー
バラドルとして活躍
87年から『シンガーソングライター』として活動を開始。
シンガーソングライターとして発売した、シングル『Blue Eyesを抱きしめたい』は、
オリコン順位『144位』と振るわず。
この頃から、
『バラドル』としてバラエティ番組に出演するように。
森下さんの天然キャラに注目が集まり、バラエティ番組ではアシスタントに抜擢されました。
1987年4月から1年間アシスタントを担当。
司会の笑福亭鶴瓶さんを相手に『ボケ』を連発。
森下さんの天然キャラが更に開花された番組でしたね。
バラドルとして活躍するも
1989年、結婚を機に森下恵理さんは芸能界を引退しました。
そして、この年に長男が誕生したそうです。
授かり婚だったのかな?
ちょうど30年前の2月に発売されたレコード♪「森下恵理/HEY!BABY」う~ん、風邪気味で・・・ですが、この曲から元気とパワーもらっています!名曲は色褪せぬ・・・作詞作曲は竹内まりやが担当。 pic.twitter.com/Hn8VRAaGeC
— 紅 梅三郎(コウさん) (@higekousan) February 27, 2016
歌手として復帰!
『Eri』の芸名で芸能界に復帰します。
同年5月に
『強くなれる』をリリースして再デビュー。
デビュー曲のプロデュースやアレンジは、自身が担当したそうです。
2000年にバンド『moneji』を結成し、
ライブを中心に活動。
2005年にはインディーズ・アルバム『MONEJI』をリリース。
ところがメンバーの音楽性の違いから、monejiは解散してしまうのでした。
バンド解散後はソロに
『Nobori Eri』名義でソロ活動を開始。
2008年の夏、森下さん自身のレーベル『TOM RECORDS』を設立されています。
2012年6月アルバム『HARDflower』をリリース。
2015年10月アルバム『Happy Ending Story 』をリリース。
どちらのアルバムも、自身のレーベル『TOM RECORDS』からリリースされています。
2016年2月には、
竹本孝之さんの番組『Live in TOWER』にゲスト出演。
トークコーナーでは
『バラドル時代』を彷彿させる喋り
で、会場を沸かせていました。
Nobori Eri(森下恵理ちゃん)ライブに東京タワーへ行ってきた♪
— Hiro (@hiro_c_boy) February 28, 2016
しかも竹本孝之兄さんがMC。大好きなお二人のツーショット! pic.twitter.com/URbvTQ7I3J