思い出のベスパ50s
2017年7月19日 更新

思い出のベスパ50s

ボクの初めての輸入2輪車の真っ赤なベスパ50s、某マンガ家さんがパーティのくじで当たったものをアシスタントの先輩を経て譲っていただいた車両でした。

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真っ赤なベスパ50s

ナカガー君ベスパいらない?

何度かこのコラムの中で書いているようなフレーズですが
実はマンガ関係の友人からボクが譲り受けたのは
この真っ赤なベスパだけなんです。
(妖しいジムニーや黄色いビートを譲り受けたのは
ボクじゃなくてアシスタントのC君です)

おそらく93年ごろだったと思いますが
友人同士で作った野球チーム「B-Heads」で一緒だった
先輩のアシスタントMさんから譲っていただいたものでした。

Mさんはキャプテン翼の最初期のアシスタントでボクが入った時は
もう辞めていたのですが「B-Heads」に加入してくれました。
陽一さんのところを辞めた後「Sやす圭」先生のところに入っていました。
(Sやす先生とは面識がないので一応イニシャルで …笑)

で、そのSやす先生が講談社の新年会か何かのパーティのクジで
当たったベスパを新車で譲り受けたいたのですが、
Mさんもあまり乗らないという事でボクが譲ってもらったのでした。

当然知っている方は多いと思いますが分離給油…
ガソリン給油時にオイルを自分でガソリンタンクに混ぜる
ハンドルシフト…
ハンドルそのものがチェンジレバーになっていて
左手でクラッチを握りながらハンドルごとひねってギアチェンジをする
そのため後ろのブレーキはフットブレーキになる

…など普通のスクーターとはずいぶん違いますから
好きじゃないと乗れないのは仕方ないですね。
真っ赤なベスパ

真っ赤なベスパ

今どきのスクーターと違って鉄製のフレーム
50㏄だとホントに非力で家の近くにある
ちょっとした上り坂も四苦八苦するほど…

でもそういうのが面白いんですよね。
今乗っている和製ベスパと呼ばれたジェンマ125
やっぱり今どきのスクーターに比べたら驚くほど遅いです(笑)

ビックリするほど遅いベスパ(笑)

実は僕のベスパ体験はそれが初めてではなくて
専門学校時のの友人のベスパに乗せてもらったことがあったのですが
それは102㏄にボアアップしてあって、
それなりに走ってくれた印象があったのですが
どノーマルのベスパ50sはビックリするほど遅いバイクでした。

当時月刊連載の合間でまた別の某マンガ家さんの
手伝いに入っていたのですが、その通勤途中あっさりバスに抜かれてしまい
その頃で数10台のバイクに乗り継いだボクですが
簡単にバスに抜かれるようなバイクって最近生産中止が決まった
HONDAモンキー/ゴリラくらいだったかと思います。
(ベスパの方が遅かったような気もします 笑)
ボクのベスパが特別遅かったわけではなく、バスに抜かれた同じ道で
偶然同じベスパ50と信号待ちで並んだ時に2台ともアクセル全開で
ほぼ同じスピードだったので間違いないです。

あまりきちんと整備されていた車両ではなかったせいもあって
クラッチワイヤーがブチ切れてしまったり
点火系不具合で突然とまってしまったりとそこそこ苦労はしましたけど
今思い出しても楽しいスクーターでした。

考えてみたら友人のスクーターを借りて乗り回したことは何度もあったのですが
ボク自身が所有した最初のスクーターだったんですね。
(その後は50から250まで10台近くスクーターも乗り継いでいるのですが)
へっちゃら

へっちゃら

ベスパを買って面白くて描いたマンガですが
実はベスパに乗っていた頃ではなくて
もっと昔、高校時代にミニトレに乗っていた頃の話を元に
作った話でした(もちろんかなり脚色しているフィクションですが…)

へっちゃら…そしてさよならベスパ

ベスパを手に入れて楽しくて楽しくて仕方なかったのか
「月刊少年チャンピオン」に読み切りマンガまで描いてしまいました。

「へっちゃら」というタイトルで
ボク自身は結構気に入っていたのですが「月刊少年チャンピオン」読者には
あまり受けはよくなかったです。

ベスパは楽しくてかなり長く乗り回していたのですが、
数年後、実家でちょっとした問題が起こった時考え事に気を取られて
家の近くの道で右折してきたトラックの側面にぶつかってしまい
廃車となってしまいました。

ぶつかったところがトラックの左後輪でトラックには全くダメージがなく
ボク自身はあわててトラックに手をついたときに
ちょっと小指のあたりを痛めた程度で大したことがなかったのですが
よく見てみるとベスパはステップボードのところが歪んでしまっていて
修理をあきらめて廃車にしてしまったのでした。

面識はないですが某有名マンガ家Sやす先生から先輩のMさんを経て
譲り受けた真っ赤なベスパ…
ホントに楽しいスクーターでした、
できたらもう一度…今度は余裕のある排気量のベスパに
乗りたいなって思ってます。
へっちゃら用に撮った資料写真が残っていました。

へっちゃら用に撮った資料写真が残っていました。

上の画像もこれを資料に描いてます。

モデルは当時のもう一人のアシスタント、Y君です。
実は「へっちゃら」というタイトルも
当たり馬券をなくしたY君に「大丈夫?」ときいたら
「へっちゃらです!」と答えたのが印象に残っていて
つけたのでした。

ここでしか読めない!ナカガー書き下ろしの「時空探偵マツ・de・DX」はコチラから

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