松葉杖のアシスタント、高橋陽一さん「Chibi」最終回
2017年8月30日 更新

松葉杖のアシスタント、高橋陽一さん「Chibi」最終回

前回お話した草野球お話試合中靭帯損傷したちょっと後、高橋陽一さんから電話がありました。「Chibi(当時陽一さんが連載していたボクシング漫画です)の最終回にアシスタントが足りないから手伝ってくれない?」いやボクは靭帯損傷で松葉杖なんですけど…ということで松葉杖で東京横断してアシスタントに行くことになりました。

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かいつまんでもう一度、試合中の靭帯損傷でした。

前回お話したのですがマンガ家の野球チーム「NEWヒーローズ」試合中のアクシデントで靭帯損傷、ボクは初めての少年誌連載直後に松葉杖生活になったのでした。

試合中のアクシデントでしたけど、人数の関係もあって試合終了を待ってアシスタントのC君に接骨院に連れて行ってもらったのですが、そのC君、あろうことかその後に麻雀の約束をしていてボクを接骨院に放り出して行ってしまい、ボクは松葉杖でなんとか自宅までたどり着いたのでした。

慣れないと松葉杖って結構体重のかかる両脇が痛くなってきて割と近くの接骨院だったのですがケガの痛みと合わせて涙目になって帰ったのを覚えてます。

そして数日後のことです。

「キャプテン翼」の高橋陽一さんから電話がかかってきました。
「Chibiの最終回アシスタントが足らなくなったんで手伝ってくれない?」陽一さんの週刊少年ジャンプでの連載ボクシング漫画「Chibi」には実は第1話だけ新しいアシスタントに教えるということで手伝っていたので「Chibi」全6巻のうち第1巻の第1話と第6巻の最終回の2話お手伝いさせて
頂いたことになります。

NEWヒーローズの試合で一緒だったので僕の靭帯が切れかかった右足の事は知っているはずですけど…ってもちろん即答です。

「行きます!お手伝いします!」

で、問題はこの足です(笑)

さてどうやって東京横断しようか…
当時ボクの家は練馬区の外側の保谷市(現西東京市)で陽一さんの仕事場は東京の反対側葛飾区…自宅から保谷駅まで、そして葛飾の最寄りの駅から陽一さんの仕事場までそれなりに距離があって
慣れない松葉杖では…
靭帯損傷松葉杖でアシスタントへ…

靭帯損傷松葉杖でアシスタントへ…

…というわけで松葉杖で東京横断アシスタントの旅(?)に?
はっきり言って慣れないと松葉杖ってホントに痛いんです。
体重を乗せすぎちゃうと両脇がズキズキと痛み出して!
で、それを助けてくれたのは…

アシスタントC君登場

松葉杖東京横断助っ人アシスタントという事になったのですが、どうやって行くかを考えていた時に元アシスタントのC君から電話がかかってきました。

あの試合が終わった後麻雀の約束をして近いとはいえ仮にも師匠たるボクを近いとはいえ接骨院に放り出していってしまったあの…

そして「デスノート」の小畑健くんにマイティボーイ風に後部をカットした浅丘ルリ子のセルボをかたどったボディを2stジムニーのシャーシに乗せた妖しいジムニーを譲ってもらいほとんど代金を払わずに鎌倉で散らせてしまった幸運(?)の元アシスタントC君です。

この時点ではまだビートを譲ってもらう話はなかったのでもしかしたらこの「Chibi」の手伝いの時にその話が出たのかもしれません。
(よく覚えてなかったのですがこの後手伝いに入ったのはだいぶ後の事ですし仕事中に言われたような気がするので…)

「陽一さんのところに〇日からアシスタント?何時ですか送ってあげますよ!」

何と優しい言葉でしょう!あっさりと問題の東京横断の足の問題が片付いたのです。

ドアtoドアのアシスタント…それなら靭帯損傷のボクの足でも余裕で可能!帰りは…まあ帰りは何とかなるでしょうということで、決定したのでした。
ご存知アシスタントのC君です!

ご存知アシスタントのC君です!

この時点では月刊少年チャンピオン連載野球漫画「ブルピッチ」は終わっていたので正確には元アシスタントですがこの後も週刊少年チャンピオン連載「レボルシオン」の時など何度も手伝ってもらいアシスタントになったり元アシになったり…結局友達ですね(笑)

パチンコ、パチスロ、麻雀…C君またかよ!

そしてアシスタント当日です。
C君は約束通り迎えに来てくれました…ただし午後1時前後です!

「えっ?」陽一さんの仕事の約束は夕方6時入り、ボクの家から陽一さんの仕事場までは2時間もかかりません。

「アハハ…ナカガーさんを送った後に〇〇たちと麻雀の約束しちゃったんですよ、早く始めたいんで今から連れてっちゃいます!パチンコでもして向こうで時間をつぶしてくださいよ!」

連れて行ってもらう身ですし怒るわけにもいかずそのまま支度して車に乗りました。
案の定2時間もかからず3時半くらいには陽一さんの仕事場近くのパチンコ屋さんに着いてしまいました。

「それじゃ頑張って~!」C君はそう言って松葉杖の僕を放り出して去っていきました。
所持金は銀行に行く事も思いつかなかったので5000円前後、さっそくパチンコとパチスロで時間つぶしにかかりました。

実は少年誌連載前やほかの仕事との合間にも何タイトルかパチンコ漫画やパチスロ漫画も描いていたくらいでちょっと自信はあったのですが…

あっさと30分も持たずにスッカラカンになってしまいそのまままた慣れない松葉杖で陽一さんの仕事場まで足と脇の痛みに耐えて涙目で出勤したのでした。

もうだいぶ前の事ですがよく覚えてます、午後4時…約束より2時間以上前でした。

「あれ、何で?確か6時って言ったはずだけど…」

いぶかしむ陽一さんに理由を説明し仕事場に入り2時間ほど仕事を進める陽一さんの近くの机に向かってボーっと仕事の始まりを待っていたのでした。
ホントギャンブル大好きのひどいアシスタントでした。

ホントギャンブル大好きのひどいアシスタントでした。

高橋陽一さんにギャンブル兄弟と言われたボクとC君ですから、こういう事もあっても自業自得なのかなとも思いますが2度連続かよ!…と(笑)

そして帰りはできたばかりの(当時)初外環道!

アシスタントの仕事はちょっとブランクもあったとはいえ慣れていましたし他のメンバーも知り合いばかりだったので足のケガで食事に行くのがつらかったくらいで無事に進行、最後のシーンで1ページ丸まる屋上のコンクリ―トの隙間からしっかり花を咲かせたセントポーリアを丁寧に描いたのが印象に残ってます。

そして仕事が終わったと他のアシスタントは先に引き上げ後、陽一さんが完成原稿を引き渡し後送ってくれるというので待っていたのですが原稿を引き取りに来た当時担当編集のT田さんに成り行きを話すと

「そんな足で手伝いに入ってくれたのは申し訳ないので集英社のほうでタクシーを出します!」
と言ってくれたのでした。

時間も遅かったので普通なら東京ど真ん中を横断して帰るところですが当時できたばかりの外環道に乗ってみたかったのでタクシーの運転手のそうお願いして帰りのドライブを楽しみました。

さすが外環道…もちろん時間はいつもよりかなり早く帰れたのですがタクシー料金が予想より2000円ほど高くついてしまいそこは申し訳ないので自腹を切ることになってしまいましたけど。

あっ!そういえばボクより10歳ほど年下の元アシスタントのC君、今はタクシーの運転手さんに転業していたのでした。

今ならお客さんだし僕を乗せた後に麻雀に行くなんてことはないでしょうね(笑)
初めて乗った外環道から見える夜景は綺麗でした。

初めて乗った外環道から見える夜景は綺麗でした。

このころ僕のクルマは「MGB」という旧いイギリス車で故障がち…おそらくこの頃は車検を切らせていて自分で外環道を走る機会がなかったんですね
(C君にも下道で連れてきてもらいましたし…)
というわけでタクシーで初外環道!
今はやはり一番近い高速入口が大泉インターですから頻繁に使ってます。

ここでしか読めない!ナカガー書き下ろしの「時空探偵マツ・de・DX」はコチラから

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