デンジャラスK、プロレスラー川田利明
孤高のデンジャラスK、川田利明。
高校時代から三沢光晴の1年後輩、最後までその形容詞が付いて回りました。
高校時代から三沢光晴の1年後輩、最後までその形容詞が付いて回りました。
via ord.yahoo.co.jp
川田利明とは、日本のプロレスラーである。通称デンジャラスK。
全日本プロレスにおいて、1990年の大量離脱後を支え三沢光晴、小橋建太、田上明とともに四天王と称された。 三沢らの離脱後は日本人所属レスラーとしては渕正信とともに残留し、新日本プロレスと対抗戦を行うなどし存在を示しました。
全日本プロレスにおいて、1990年の大量離脱後を支え三沢光晴、小橋建太、田上明とともに四天王と称された。 三沢らの離脱後は日本人所属レスラーとしては渕正信とともに残留し、新日本プロレスと対抗戦を行うなどし存在を示しました。
黒に黄色のワンポイントは、天龍カラーの系譜
天龍源一郎の入場曲「サンダーストーム」と川田利明の入場曲「Holy War」は、ともに泣きのギターサウンドが特徴的で、どことなく雰囲気が似ています。
THUNDER STORM (Theme of Genichiro Tenryu) - YouTube
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Toshiaki Kawada's theme - YouTube
Holy War.
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全日本プロレス時代は、田上明との聖鬼軍で名タッグを組む
【田上明】「ダイナミックT」もう一人の四天王、三沢亡き後のプロレスリング・ノアを支える田上明。 - Middle Edge(ミドルエッジ)
1990年代に全日本プロレスでジャンボ鶴田のパートナーとして超世代軍と数々の激闘を繰り広げ、後に川田利明と聖鬼軍を結成して全日本プロレス四天王に君臨した田上明。恵まれた体格を生かしたダイナミックな動きから「ダイナミックT」と称されました。三沢光晴がプロレスリング・ノアを設立した際はともに行動し、2009年三沢急逝の後は2代目社長として活躍しています。
川田が目指した痛みの伝わるプロレス
どこまでも高い次元に進化し続けた全日本の四天王プロレス。受け身の凄さに裏付けされた技の応酬は更なる危険技の追求へと繋がり、観る者の度肝を抜く試合が繰り広げられました。そんな流れのなか、川田はひとつひとつの技に拘りを持って見た目の派手さよりもシンプルに伝わるプロレスを目指しました。
感情を露わにしない三沢光晴が、もっとも感情的なレスリングをしたとされる三沢VS川田
三沢光晴vs川田利明 三冠戦の歴史 - YouTube
全日本プロレス時代、大舞台のメインで何度も繰り広げられた三沢VS川田の三冠戦。何度となくプロレス大賞のベストバウトを受賞した三沢VS小橋とは違い、二人の感情が爆発する命を削るような果し合いプロレスに、観る者は感情を引き込まれずにはいられませんでした。
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後に「帝王」と呼ばれた高山善廣を徹底的に攻撃した川田VS高山
川田利明VS高山善廣1/2 - YouTube
名勝負製造機とも呼ばれた川田は、後にプロレス界の帝王として全団体マットに君臨する高山善廣がプロレスに開眼するきっかけにもなりました。
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三沢と川田、最後のファイトはNOAHのリング
【再会】2005 東京ドーム 三沢光晴 vs 川田利明 - YouTube
NOAHのリングで行われた三沢VS川田の一戦。
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一番三沢に近い男がゆえ、三沢らのNOAH旗揚げに参加せず全日本プロレスを守り抜いた男。