光代と沙知代の「ミッチー・サッチー騒動」
1999年、浅香光代(ミッチー)と、野村沙知代(サッチー)との間の確執から派生した一連の舌戦、批判合戦である。
当時共に年齢70歳近かった女性2人が繰り広げた口舌鋒は、写真週刊誌や民放各局のワイドショーを中心とするマスメディアにとっての格好のネタとなった。
また、報道は沙知代に対するバッシングの様相を呈するようになったことから、単に「サッチー騒動」とも呼ばれる。
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第1ラウンド ラジオで浅香光代が先制「口撃」!
野村沙知代さんは、夫の野村克也氏がヤクルト監督をつとめていた頃から、タレントのような扱いでメディアに登場し始めた。
そして、事の起こりは1999年3月31日。剣劇女優・浅香光代がラジオ番組で「あんな人はもうイヤ。ひっぱたいてやりたい」と野村沙知代へケンカを売ったことに端を発する。
「何が代議士よ。あいさつもろくにできないのに何考えてんだ。税金の無駄遣い。笑わせるんじゃないってんだよ!」「テレビの若い人や運転手を『バカヤロウ』と怒鳴りつけるなど弱い者いじめが過ぎる。あんな女を番組に起用するから増長する」などとプチ上げ、野村沙知代の写真を破り捨てた。(『週刊文春』1991年5月23日号)
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浅香光代(以下、光代)と野村沙知代(以下、沙知代)は舞台で共演する等、友好な関係で知られていました。
そんな中、突然光代が沙知代への不満を爆発させた事も、驚きをもって取り上げられました。
舞台の共演時に、沙知代が稽古をサボった上に「挨拶がしっかりしていない」、「横柄な振舞」等と批判されたそうで、そうした批判に対して「馬鹿言ってんじゃないわよ!」、「一体何様のつもりだってぇの!?」と反論しました。
そんな中、突然光代が沙知代への不満を爆発させた事も、驚きをもって取り上げられました。
舞台の共演時に、沙知代が稽古をサボった上に「挨拶がしっかりしていない」、「横柄な振舞」等と批判されたそうで、そうした批判に対して「馬鹿言ってんじゃないわよ!」、「一体何様のつもりだってぇの!?」と反論しました。
第2ラウンド 野村沙知代が応戦!他の芸能人も参戦決定!
光代の批判に、沙知代も黙っておらず、4月に入り大阪市内のホテルで行われた講演会で応戦します。
「どうせ売名行為でしょ」、「金持ち喧嘩せずよ」とふてぶてしく、光代を批判しました。
また、浅香を皮肉を込め「女剣劇」と称しました。
それが騒動をより加熱させます。
光代は世志凡太(内縁の夫)をも騒動に引き込み、更に批判を続けました。
「どうせ売名行為でしょ」、「金持ち喧嘩せずよ」とふてぶてしく、光代を批判しました。
また、浅香を皮肉を込め「女剣劇」と称しました。
それが騒動をより加熱させます。
光代は世志凡太(内縁の夫)をも騒動に引き込み、更に批判を続けました。
via keeenet.com
錚々たる面子が参戦するバトルに発展!
写真週刊誌や民放各局のワイドショーなどがこの騒動を取り上げ始めると、これに乗じるかたちで各芸能人・著名人が沙知代に対してのバッシングを行うようになる。
渡部絵美(元フィギュアスケート選手。1999年1月にハワイ滞在中に初対面の沙知代から息子のいる前で「あんた、醜いわね」と言われたことをテレビで告白)や十勝花子、神田うの、デヴィ・スカルノ夫人、美輪明宏(沙知代に舞台チケットを渡すも2回連続ドタキャンされ、絶縁したことを告白)、落合信子(落合博満夫人。光代寄り・沙知代批判派の中において、騒動が長引くに連れ、当時の関連主要人物の1人としてテレビ番組にひっぱりだこであり、アクの強いキャラクターの中で、主に正論を発する役割を担った)、美川憲一、ミッキー安川(沙知代の夫である野村克也が監督を務めていたヤクルトスワローズが優勝した際、その優勝パーティーの司会を依頼されたものの、その後一切連絡のなかったことを暴露)
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瀬川研一(「サッチーに中傷された」と民事訴訟を東京地方裁判所に起こした)、塩月弥栄子(自身の著書で沙知代の実名は出さずとも「Y」というイニシャルを使って、かつて塩月の秘書を務めた沙知代が「印税の一部を自分の口座に振り替えた」などと記述した)、杉浦正胤、山東昭子、有田芳生などの人物が沙知代に批判を浴びせては浅香寄りの発言をした。
一方、沙知代と交友のある細木数子や神田川俊郎、テリー伊藤などは沙知代を擁護する立場を取った。その後も北島三郎、ビートたけし、田中眞紀子、団鬼六夫人、前田武彦などの芸能人・著名人が続々とこの騒動に参戦
via entamedayo.net
第3ラウンド 番組スポンサー降板にまで発展!
日本テレビ系列『おしゃれカンケイ』では、沙知代がゲスト出演した1999年7月4日放送分(出演交渉の段階で沙知代より騒動の真相は番組内で一切聞かないという条件を出していた)のみスポンサーの資生堂が「商品イメージにそぐわない」として提供を降板するという事態が発生した。
番組は当時放送していた日本テレビのドラマの番宣や公共広告機構(現:ACジャパン)のCMで繋いだ。
さらにスポンサーなしだったにも関らず、関東地区25.7%、関西地区22.5%の番組史上最高視聴率(関東・関西双方)を獲得した。
TBS系列『アッコにおまかせ!』では、1999年5月22日放送分に沙知代をゲスト出演させる予定だったが、出演を無断でキャンセルし、スタジオに最後まで現れずに和田アキ子を困らせ、和田との関係が一時悪化するということもあった。
1999年6月10日放送のフジテレビ系列『とんねるずのみなさんのおかげでした』内「新・食わず嫌い王決定戦」に沙知代が出演した回は初頭スポンサーの花王が沙知代出演の理由から提供を1度だけ自粛した。
via ameblo.jp
最終ラウンド 沙知代の学歴詐称と逮捕!
騒動の過熱化に伴い、沙知代のこれまでの問題発言や傲慢な態度が、事細かく報道されていく事となります。
沙知代自身がオーナーである少年野球チームでの言動や行動は問題視されました(少年の背中に「バカ」と書いてその姿で走らせる、保護者に金品を強要する等)。
また、騒動の渦中である7月には、1996年に立候補した衆院選で公表していた学歴に対して「公職選挙法違反」(コロンビア大学留学とされていた。)があったと光代に告発されました(計7件、後に嫌疑不十分により全て不起訴)。
そして、騒動が収束に向かった決定的な要因として、沙知代の逮捕がありました。
2001年12月、沙知代は脱税容疑で逮捕され(公判で起訴事実を全面的に認め、有罪判決)、直後に光代が会見を開き、「正義は勝つ」と勝利宣言をしました。
この逮捕で沙知代を擁護する芸能人は皆無となり、世間的にも光代側の勝利として騒動が収束しました。
沙知代自身がオーナーである少年野球チームでの言動や行動は問題視されました(少年の背中に「バカ」と書いてその姿で走らせる、保護者に金品を強要する等)。
また、騒動の渦中である7月には、1996年に立候補した衆院選で公表していた学歴に対して「公職選挙法違反」(コロンビア大学留学とされていた。)があったと光代に告発されました(計7件、後に嫌疑不十分により全て不起訴)。
そして、騒動が収束に向かった決定的な要因として、沙知代の逮捕がありました。
2001年12月、沙知代は脱税容疑で逮捕され(公判で起訴事実を全面的に認め、有罪判決)、直後に光代が会見を開き、「正義は勝つ」と勝利宣言をしました。
この逮捕で沙知代を擁護する芸能人は皆無となり、世間的にも光代側の勝利として騒動が収束しました。