2020年7月20日 更新
彼氏の存在?契約問題?なぜキャンディーズは「普通の女の子」に戻りたかったのか。人気絶頂で解散した本当の理由とは?
当時流行語にもなった「普通の女の子に戻りたい!」という名言を残したキャンディーズ。彼女たちがこの言葉を発した真相について紐解いてみたいと思います。
なぜキャンディーズは「普通の女の子」に戻りたかったのか?
70年代を代表する3人組アイドルグループ・キャンディーズ。「年下の男の子」「春一番」など、後世に残るヒット曲を多数輩出した彼女たちですが、人気絶頂だった1977年7月17日、日比谷野外音楽堂で行われたコンサートで突如「普通の女の子に戻りたい!」と解散宣言を行い、世間を騒然とさせました。この記事では、トップアイドルに登り詰めた彼女たちがなぜ「普通の女の子に戻る」という選択を決断したのか、その真相について紐解いてみたいと思います。
こちらは当時の解散報道。
キャンディーズ解散を伝える NHKニュース
殺人的なスケジュールが限界だった。
まず指摘されているのは、売れっ子アイドルの宿命ともいうべき「殺人的なスケジュール」。全盛期のピンク・レディーの睡眠時間が「1~2時間」「仮眠で45分」などと言われていますが、キャンディーズも例に漏れず睡眠時間は短く、せいぜい3~4時間程度であったと言われています。
そして、キャンディーズの面々を体力的に追い詰めていった要素として挙げられるのが「深夜のレコーディング」。当時の彼女たちは昼間はテレビやラジオへの出演、コンサートなどを行っており、新曲のレコーディングについては、結果としてそれらの仕事を終えてからやるしかありませんでした。深夜にスタジオ入りし、翌朝までレコーディングを行うといったハードなスケジュールの中、3人で歌っていたはずがいつの間にか人が減っている(一部メンバーが寝落ちしている)といったこともあったそうです。
田中好子が年下男性と交際していた。
上述のような殺人的スケジュールが続く中で、田中好子(スー)は年下男性とひそかに交際をしていました。その男性はバンド「スペクトラム」のギタリストとして有名な西慎嗣で、西が1977年にキャンディーズのバックバンドに加入したのが出会いのきっかけでした。そんな二人ですが、当時スーが20歳であったのに対し西は16歳。まさに「年下の男の子」との交際でした。そしてその直後である同年7月、キャンディーズは解散宣言を行うこととなります。
交際開始→解散発表という流れであったため、スーと西との交際が解散の原因の一つではないかと指摘されることがあります。確かに、当時のキャンディーズのスケジュールをこなしていては、恋人として一緒に過ごすこともままなりません。そのため「普通の女の子」に戻ることを決断したのでは、という指摘には説得力があります。なお、西との交際は1年ほどで自然消滅し、結局長続きはしなかったとのことです。
売れる前から解散を口にしていた。
「売れる前から解散を考えていた」という話もあります。1973年に「あなたに夢中」でデビューした当時のキャンディーズは周囲から期待されておらず、3人の間にも「デビューからの3年間だけ頑張る」という共通認識があったと言われています。
その後、1975年の「年下の男の子」や1976年の「春一番」などが大ヒットし、人気に火が付いた彼女たち。しかしながら、その時点でデビューから既に3年近くが経過しており、さらに前述の「3年間だけ頑張る」に加えて「自分たちの一番良い時に解散したい」という意向もあったため、結果的に1976年に解散することはなかったものの、解散は時間の問題だったと言われています。
そもそも、契約満了だった。
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