色々な要素を取り入れ、変化をもたらすバンド『フィッシュマンズ』
2016年1月13日 更新

色々な要素を取り入れ、変化をもたらすバンド『フィッシュマンズ』

佐藤伸治が1999年に惜しくも亡くなり、その後21世紀に入ってなお多くのミュージシャン、クリエイター、新世代リスナーからの熱い愛を集め続けている孤高のバンドです。

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フィッシュマンズ

バンド『フィッシュマンズ』(Fishmans)

バンド『フィッシュマンズ』(Fishmans)

ボーカル、ギターの佐藤伸治を中心として1987年結成。初期のフィッシュマンズはレゲエを基調としたポップな楽曲を演奏していた。
1987年初夏結成。当初のメンバーは佐藤伸治 (Vocal/Bass)、小嶋謙介 (Guitar)、茂木欣一 (Drums)。最初にオリジナル曲として佐藤が持ってきたデモテープは、『Blue Summer』だったという。

1988年5月、都内ライヴハウスにて活動を開始。8月、柏原譲 (Bass) 加入。

1989年、世はバンドブーム。初レコーディング作2曲をキャプテンレコード(当時、雑誌『宝島』が主催していたインディーレーベル)より発売のコンピレーション『PANIC PARADISE』に提供。

1990年3月、ハカセ (Key) 参加。4月、初のワンマンライヴ@渋谷ラママ。10月、レコード会社 ヴァージン・ジャパンと契約(後にメディア・レモラスに社名変更)。ハカセ、11月に正式加入。
しかし、オリジナルメンバーが2人脱退してしまいます。
その後、バンドは変化する。

その後、バンドは変化する。

エンジニアであるZAKのレコーディングへの参加、レーベルの移籍に伴うスタジオ環境の変化などをきっかけに、その音楽性はレゲエの他、ダブ、エレクトロニカ、ロックステディを基調に、ロック、ファンク、ヒップホップなどの要素を取り入れたサウンドを展開した。
ポリドール移籍後の『空中キャンプ』、『LONG SEASON』、『宇宙 日本 世田谷』のいわゆる「世田谷」3部作を発表した時期からテクノ系の雑誌やサブカルチャー系の雑誌にもたびたび取り上げられるようになった。
1999年3月15日、ボーカルの佐藤が死去。これにより...

1999年3月15日、ボーカルの佐藤が死去。これによりバンドは活動を休止する。

サウンドの上でヴォーカリスト/ソングライターの佐藤伸治は、ごく自然で、明け透けで、人生の核心をついた世界を描きだしていた。
2000年には佐藤の全ての詩を収めた詩集「ロングシーズ...

2000年には佐藤の全ての詩を収めた詩集「ロングシーズン-佐藤伸治詩集」が発売された

2005
4月、2枚組みのベスト・アルバム2タイトル『空中 ベスト・オブ・フィッシュマンズ』『宇宙 ベスト・オブ・フィッシュマンズ』をリリース。茂木欣一監修の下、レコード会社移籍をまたいだ全キャリアを網羅し、デモ、ライヴなど、レアトラックを多数収録。
8月、RISING SUN ROCK FESTIVAL '05にてライヴ。ファン、関係者に驚きと歓喜をもって迎えられた。茂木、柏原に加え、90年代のサポートミュージシャン勢、ヴォーカリストに忌野清志郎、UA、ハナレグミ、原田郁子をフューチャー。
2009年8月にはSWEET LOVE SHOWERに...

2009年8月にはSWEET LOVE SHOWERにてUAをボーカルに迎え、「FISHMANS:UA」名義でライブを行う。

ちなみにこれがプロレスラーの『フィッシュマン』です。

ちなみにこれがプロレスラーの『フィッシュマン』です。

メンバー

佐藤伸治(さとう しんじ、1966年2月16日 - 1999年3月15日) ボーカル、ギター、コルネット、楽曲のほぼ全ての作詞、作曲を担当。結成前は「時間」と言うアマチュアバンドに在籍していた。1999年3月15日に死去。33歳没。

茂木欣一(もてぎ きんいち、1967年12月15日 - ) ドラムス、コーラス、結成時から在籍。2001年、東京スカパラダイスオーケストラに正式に加入。MariMari rhythmkiller machinegunでもドラムを担当している。

柏原譲、加藤隆志(東京スカパラダイスオーケストラ)と「So many tears」を結成し活動している。
小嶋謙介(おじま けんすけ、1966年1月28日 - )
ギター、ボーカル、結成時から1994年まで在籍。作詞作曲も手がけ、自身の脱退後もライブで演奏されていたナンバーでは「土曜日の夜」などがある。脱退後は音楽を離れデザイナーなどの仕事をしている。
ハカセ(はかせ、1967年 - )
キーボード、1990年から1995年まで在籍。作詞作曲も手がけ、自身の脱退後もライブで演奏されていたナンバーでは「オアシスへようこそ」などがある。脱退後はソロやLITTLE TEMPOのメンバーとして活動している。
柏原譲(かしわばら ゆずる、1968年12月20日 - )
ベース、1988年から1998年まで在籍。1998年に脱退したものの、その半年後に佐藤が急死したため、フィッシュマンズの全ての音源に参加したことになる。一旦は音楽業界から離れることを決心していたが、佐藤の死をきっかけに音楽業界に戻り、Polaris、OTOUTAとして活動している。

フィシュマンのサウンド映像

では、映像でバンドの魅力を十分味わってください。一部のライブ映像とPVをご紹介します。
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