「クライングフリーマン」美しさと哀しさをまとった殺し屋
黄金期のスピリッツの定番ラインナップ
「クライングフリーマン」は、小学館「ビックコミックスピリッツ」にて1986年4月から1988年5月まで連載された、小池一夫原作、池上遼一作画による青年マンガです。
ビッグコミック・スピリッツ1986/06/30日号
このころ隔週刊から週刊になったスピリッツ、「美味しんぼ」は好評連載中、一世を風靡した「めぞん一刻」はそろそろ終盤、スピリッツ黄金時代をもりあげた連載陣に「クライングフリーマン」は入っています。
1987年のビッグコミックスピリッツを振り返ってみよう! - Middle Edge(ミドルエッジ)
1980年10月に小学館から創刊された青年誌である「ビッグコミックスピリッツ」。ビッグコミック系列の雑誌で他のビッグコミック系列の雑誌に比べて男っぽさが薄めの雑誌となっている。そんな「ビッグコミックスピリッツ」の1987年を振り返ってみよう!
これまでにはいなかった、イケメンでナイーブな殺し屋
チャイニーズマフィア「百八竜(ハンドレッド・エイト・ドラゴン)」により殺し屋に改造されてしまった日本人陶芸家「火野村窯(ひのむら・よう)」が、殺人を行うたびに涙を流すという設定から「クライングフリーマン」のタイトルがつけられています。
その名の通り、殺し屋でありながらナイーブであり、涼やかな目元のルックスと、ガチムチでなく細マッチョな体形の主人公は、それまでのピカレスクコミックにはない、美しさと哀しさを持ったヒーローとして描かれました。
その名の通り、殺し屋でありながらナイーブであり、涼やかな目元のルックスと、ガチムチでなく細マッチョな体形の主人公は、それまでのピカレスクコミックにはない、美しさと哀しさを持ったヒーローとして描かれました。
Cryingフリーマン 1 (ビッグコミックス) (日本語)
マッチョでタトゥーもがっつり入っているのに、こんなにしゅっとした印象の殺し屋は、これまで登場していなかったと思います。
この表紙は小学館のスピリッツコミックスですが、後年デラックス版を出版した小池書院によれば、2011年ごろまでに全世界で単行本累計1000万部を記録しているとのことです。
この表紙は小学館のスピリッツコミックスですが、後年デラックス版を出版した小池書院によれば、2011年ごろまでに全世界で単行本累計1000万部を記録しているとのことです。
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あらすじ
陶芸家の火野村窯は個展会場でチャイニーズ・マフィア「百八竜」の殺人場面が写されたフィルムの授受に巻き込まれ、拘束され、強力な催眠によって殺し屋に仕立て上げられる。刺客としての才能を買われ、竜の刺青とコードネーム「フリーマン」を与えられた窯は、殺人後に己の宿命を思い涙を流すことから、「クライング・フリーマン」と呼ばれるようになった。
香港でフリーマンの殺人を目撃した画家の日野絵霧(ひのえむ)は、目撃者として殺されることを覚悟すると同時に、涙を流す窯を受け入れ、窯も凛とした絵霧に惹かれ、互いに愛し合うようになる。
「百八竜」内外の抗争に翻弄されながらも、お互いを唯一の半身として定めた二人は、子孫を残さないという組織の掟に基づき不妊手術を行い、日本人としての名を捨て組織の頭領として生きていくと決める。
香港でフリーマンの殺人を目撃した画家の日野絵霧(ひのえむ)は、目撃者として殺されることを覚悟すると同時に、涙を流す窯を受け入れ、窯も凛とした絵霧に惹かれ、互いに愛し合うようになる。
「百八竜」内外の抗争に翻弄されながらも、お互いを唯一の半身として定めた二人は、子孫を残さないという組織の掟に基づき不妊手術を行い、日本人としての名を捨て組織の頭領として生きていくと決める。
ギャップ萌えな「フェミニストな殺し屋」
このようなピカレスクロマンの場合、スーパーヒーローたる主人公は一人でも、そこに絡む女性はハレムのように何人も登場するのが常でしたが、「クライングフリーマン」のヒロインは日野絵霧ひとりです。この二人が結ばれるときに、どちらも未経験だと描かれていて、互いに初めての相手と添い遂げることになります。もちろん小池一夫と池上遼一ですから、エロシーンも満載されている作品なのですが、妻を守り気遣い大切にするフェミニストの殺し屋は、今でいう「ギャップ萌え」要素にあふれたヒーローだったのです。
COMIC魂 別冊 池上遼一 クライング フリーマン 虎穴に入らずンば虎児を得ず編 池上遼一クライングフリーマン,入手!#池上遼一 #Cryingfreeman #涙眼煞星 #クライングフリーマン pic.twitter.com/pwGp23R8rg
— 池上遼一&ながやす巧粉C(FANS) (@hodepp288) June 18, 2019
カラーページも美麗ですが、モノクロのコマも本当にきれい。池上遼一の描く人物の美しさは格別です。
「クライングフリーマン」という作品の数奇な運命
悪の組織だったはずが
そもそも「クライングフリーマン」は、「百八竜」というチャイニーズマフィアに拘束され巻き込まれた主人公が、暗黒の組織の中で涙を流し葛藤するドラマでした。
ですがいつの間にか「百八竜」という組織は悪の根源ではなく、主人公が妻とともに統率し、他の強大な組織との闘いに立ち向かってそれを倒し、守るべきターゲットに変わっていきました。
それには理由があります。
ですがいつの間にか「百八竜」という組織は悪の根源ではなく、主人公が妻とともに統率し、他の強大な組織との闘いに立ち向かってそれを倒し、守るべきターゲットに変わっていきました。
それには理由があります。
実在した「百八竜」
中国にはかつて青幣(チンパン)と呼ばれる、アヘンや賭博・売春を行う秘密地下結社が数多く存在したのですが、その一つに「百八竜」という組織が実在したのです。
その組織が来日し、ビックコミックスピリッツ編集部に呼び出しをかけてきて、編集長も作画の池上遼一も対応しない中、原作の小池一夫が高輪プリンスの14階スイートまで出向いたそうです。
その組織が来日し、ビックコミックスピリッツ編集部に呼び出しをかけてきて、編集長も作画の池上遼一も対応しない中、原作の小池一夫が高輪プリンスの14階スイートまで出向いたそうです。
で、いざ行ったら薄気味の悪い連中が4~5人いてね、”あなた今、私たちのことを描いているね。どう展開するか?”って聞いてくるんですよ。それで僕が”どう展開するかなんて考えていない、これからだ”って返したら、向こうは”でもなかなか面白い、これからもよろしく頼む”って言って、高級時計を僕にくれるんです(笑)。・・・それからあの組織(百八竜)のことを悪く書けなくなっちゃった。
そもそも煩悩を表す「百八」に竜をつけただけのネーミングが、そんな大事になるなど思ってもみなかったでしょう。
青幣組織の全貌は現在も不透明な部分が多く、「百八竜」がどのような組織なのかもわかってはいませんが、実際にスピリッツ編集部に抗議の連絡があったことは確かで、路線変更をしないとどのような目に合うかわかりません。
結果的に「百八竜」を中心にした勧善懲悪的なストーリー展開となり、当初に設定されていた「悪の組織の中で刺客として動く葛藤と哀しみ」というテーマはどこかに消えてしまいました。
青幣組織の全貌は現在も不透明な部分が多く、「百八竜」がどのような組織なのかもわかってはいませんが、実際にスピリッツ編集部に抗議の連絡があったことは確かで、路線変更をしないとどのような目に合うかわかりません。
結果的に「百八竜」を中心にした勧善懲悪的なストーリー展開となり、当初に設定されていた「悪の組織の中で刺客として動く葛藤と哀しみ」というテーマはどこかに消えてしまいました。