最後のメッセージはイラストによる「39!BABY」。今も若者たちに慕われる忌野清志郎が駆け抜けた人生。
2017年4月24日 更新

最後のメッセージはイラストによる「39!BABY」。今も若者たちに慕われる忌野清志郎が駆け抜けた人生。

2009年5月2日に亡くなった忌野清志郎。派手な衣装とメイクで、圧倒的な存在感を示した清志郎は、ステージを降りるとシャイで物静かな、一人の父親でもありました。発売中止や放送中止など、さまざまな「事件」を繰り返しながら、メッセージを発し続ける人生でした。

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忌野清志郎の誕生

誕生から音楽家都度の開始まで

忌野清志郎は、1951年東京都中野区で生まれ、国分寺市で育ちました。中学生のころにバンドをを結成し、音楽活動を始めました。清志郎が3歳の時に亡くなった母親は、最初の夫を戦争で亡くし、伯母夫婦の養子として育てられました。
その後フォークブームの影響をうけ、「The Clover」を結成。高校生のころにブルースに傾倒していきました。
派手な衣装やメイクのないころ

派手な衣装やメイクのないころ

初期のころのRCサクセションは、フォークグループでした。

RCサクセションのデビュー

1970年、フォークグループRCサクセションでデビューします。芸名の「忌野」は、アニメのナレーションからとりました。
「僕の好きな先生」がヒットしましたが、その後のヒットがなく、事務所内のトラブルなども重なり、バンド活動は低迷します。

フォークグループからロック・R&Bバンドへ

メンバーの脱退と加入

活動の低迷期は、井上陽水との共作やかぐや姫への歌詞の提供などで過ごしていましたが、初期メンバーの破廉ケンチの脱退、春日、仲井戸、新井田などの加入などを経て、フォークグループから、ロック・R&Bへと変化していきます。
このころから清志郎は派手な衣装とメイクでステージに上がるようになりました。
髪を逆立て、派手な衣装の清志郎

髪を逆立て、派手な衣装の清志郎

デヴィッド・ボウイやミック・ジャガーなどの影響でメイクを始め、パンクファッションの影響でパンクヘアになっていきました。

周囲の評価の高まり

1977年頃から精力的にライブ活動を始め、1978年ごろから徐々にライブハウスでの人気が出始めます。1979年には、一度は廃番となった「シングル・マン」の再発実行委員会が組織されるなど、音楽的にも評価されていきます。

「雨上がりの夜空に」、「トランジスタ・ラジオ」のヒット

1980年には、シングルの「雨上がりの夜空に」と「トランジスタ・ラジオ」、アルバム「RHAPSODY」がヒットして、RCサクセションの忌野清志郎はさまざまなメディアで取り上げられるようになります。

忌野清志郎 雨あがりの夜空に

ユニットでの活動

1982年、坂本龍一とのユニットで「い・け・な・いルージュマジック」を発表し、この後RCサクセションの活動以外にも、さまざまなユニットで活動するようになります。
他のメンバーのソロ活動も活発化したため、RCサクセションとしての活動は停滞していきます。
「い・け・な・いルージュマジック」のジャケット

「い・け・な・いルージュマジック」のジャケット

当時注目されていたYMOの坂本龍一と、RCサクセションの忌野清志郎のユニットは、衝撃を与えました。

発売中止と放送禁止

1988年、収録されていた曲の歌詞が問題となり、シングルの「ラブ・ミー・テンダー」とアルバムの「COVERS」が発売中止となります。
「ZERRY」という名前でザ・タイマーズを結成し、さまざまなミュージシャンのライブに乱入を繰り返します。
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