ロックレジェンド・ハート(Heart)の長い歴史とそのはじまり
1970年代後半から、全米をはじめとするロックシーン、ヒットチャートを暴れまわり、その後、しばしの停滞期を経て1980年代半ばに再ブレイクすると、その後は飛ぶ鳥を落とす勢いで1990年代初期まで、世界中の音楽シーンを大いに賑わせてくれたバンドです。
しかし、このハート。
一般的に知られているよりも遥かに長い歴史を持つバンドであり、そのはじまりはなんと1966年というから驚きです。
ロジャー・フィッシャーというオリジナルメンバーのギタリストが、ベースのスティーヴ・フォッセン等と一緒に立ち上げた「ジ・アーミー」なるバンドがハートの母体となります。
その後、アーミーはバンド名をいくつも変えて、1971年にウイルソン姉妹の姉であるアン・ウィルソンがオーディションによって加入し、翌1972年にバンド名を現在のハートと改名するに至りました。
アンは、アメリカのシアトルの出身でそこで暮らしていましたが、当時、ギターのロジャーの兄であるマイク・フィッシャーがバンドのマネージャーをしていて、アンと恋人関係だったこともあり、フィッシャー兄弟の拠点であったカナダのバンクーバーに拠点を移して活動します。
1975年にはアンの妹のナンシー・ウィルソンが正式にハートに加入し、バンドは初期としてはベストの布陣になります。
ちなみにナンシーは、フィッシャー兄弟の弟の方のギターのロジャーと恋仲になっていて、バンド内で2組の兄弟姉妹カップルがいるという「なんだかなぁ」な関係でいきなりスタートしています(笑)。
そんな折の1976年、ハート待望のメジャーデビューアルバム『Dreamboat Annie』がリリースされました。
ハートは美人姉妹が看板であることと、レッド・ツェッペリンを彷彿させるアンのシャウト交じりのボーカルで全米で話題となり、1stアルバムは全米アルバムチャートでも最高位7位という文句なしのキャリアスタートを切りました。
HEART - Magic Man (1976)
Little Queen
「美人姉妹が看板のかっこいいハードロックバンドがいる」と、既にこの時点でカナダは元より全米でも知名度と人気がうなぎ上りになっている時期で、ハートは更なるスケールアップした楽曲群を生み出します。
こうして1977年にリリースされた2ndアルバムが『Little Queen』でした。
非常に優れた佳作で、バンド勢いを象徴したような構成となっています。
全米アルバムチャートで9位、カナダでは2位とセールスは成功し、シングルカットした『Barracuda』は世界中で満遍なく売れて、ハートの名前は一躍世界レベルで有名になった時期でもありました。
【収録曲】
Barracuda
Love Alive
Sylvan Song" (Instrumental)
Dream of the Archer
Kick It Out
Little Queen
Treat Me Well
Say Hello
Cry to Me
Go On Cry
Heart Barracuda (1977)
アンのボーカルだけでなく、バックのギターの演奏も素晴らしい楽曲です。
ハート低迷時代
理由は、恋人関係だったナンシー・ウィルソンとの破局です。
同時に、姉のアン・ウィルソンとロジャーの兄で、この当時までハートのマネージャーを務めていたマイク・フィッシャーも破局。
マイクもバンドのマネージャーを辞めて去ってしまいました。
これを機に、バンドの主導権はハートに残ったウィルソン姉妹に完全に移りました。
フィッシャー兄弟との別離にめげずに、アン&ナンシーのウィルソン姉妹が中心となって、新ハートを盛り上げていこうと、1980年リリースのアルバム『Bébé le Strange』(全米アルバムチャート5位)までは、何とかセールスの方も頑張っていましたが、その後、人気が低下していき、ハートは冬の時代へと突入します。
1980年代には、音楽界に第二次ブリティッシュ・インベーションと呼ばれる英国のニューウェイヴ系(ニューロマンティック系ロックを含む)新しいバンドやミュージシャンたちがヒットチャートを席巻する時代に入っており、1970年代の延長のハートのロックは完全に時代遅れのものになってきていました。
1980年代前半に、この後ハートは2枚のアルバムをリリースしますが、セールスは今一つぱっとせず、世評も芳しくなく、完全に二線級のバンド扱いに後退していきました。
ハート大復活!黄金時代到来!!
そこで、ウィルソン姉妹を中心にハートは、背水の陣とも言うべき、プライドをかなぐり捨てた捨て身の奇策に打って出ます。
今まで、自分たちで作ってきた自作曲を自分たちで演奏するという自作自演のスタイルに拘ってきて、それがポリシーでしたが、そのポリシーをなんと潔く捨てたのです。
まず、この当時売れっ子だったロン・ネヴィソンをプロデューサーに招聘しました。
ネヴィソンはこの時代、ロッキーのテーマなどで知られるサバイバーなどのプロデューサーを務め、ヒットを連発していた敏腕プロデューサーでした。
そして、何と、アルバムに入る楽曲に自作した楽曲を捨て、全て外注の売れっ子ライターの楽曲を採用することにしたのです。
まさに、プライドをかなぐり捨てた最後の賭け!背水の陣でした。
こうして出来上がり、1985年にハートが世に放ったアルバムが『Heart』でした。
『Heart』は世界中で爆発的な大ヒットを記録し、ハートの長いキャリアで初めての全米アルバムチャート1位も獲得します。
ハートは賭けに勝ったのです。
こうして、終わった存在どころか、一転して、ウィルソン姉妹を中心にハートは押しも押されぬスーパースターへ駆け上がっていきました。
Heart
まさに、今までのキャリアも実績も全てかなぐり捨てて、80年代のど真ん中に斬り込んでいった勝負アルバムです。
ヒットメーカー・ロン・ネヴィソンをプロデューサーとして招いただけあって、随所にヒット狙い臭満載ではありますが、狙い通り、このアルバムはハート史上最高のメガヒットアルバムとなりました。
主に、外部の売れっ子ソングライターの書いたキャッチーな楽曲をてらいもなく採用して、結果ポップな良曲揃いとなって多くの収録曲がシングルカットされ、その全部がシングルとしてもヒットしました。
ハートはこのアルバムで、完全にこの第一線にカンバックどころか、トップ級のスターダムにのし上がりました。
【収録曲】
If Looks Could Kill
What About Love
Never
These Dreams
The Wolf
All Eyes
Nobody Home
Nothin' at All
What He Don't Know
Shell Shock
Heart - What About Love?
アルバムのセールスとともに、好調に売れていき、全米シングルチャートで10位を記録しました。
Heart - Never
Heart - These Dreams
ハートのキャリアでも初となる全米シングルチャート1位を遂に獲得。
この曲で、ハートの地位は不動のものになりました。
1990年代初期まで続いた黄金時代
1987年にリリースした9thアルバム『Bad Animals』は、全米アルバムチャートこそ惜しくも2位でしたが、世界中の多くの国々で軒並みトップ10入りを果たし、文字通り世界的ヒットアルバムとなりました。
続く10thアルバムの『Brigade』も、全米3位、全英でも3位というセールスを記録し、すっかりメガヒットを連発する押しも押されぬスーパーバンドへ成長。
ワールドツアーも、大会場のアリーナツアーばかりとなり、集客数もビッグネームクラスになり、まさに文字通りの「ハート黄金時代」がこの時代でした。
まだアンに貫録は無く(笑)、初々しくて可愛らしいですね。