【山本浩二】広島東洋カープの代名詞!ミスター赤ヘルの軌跡。
2016年11月25日 更新

【山本浩二】広島東洋カープの代名詞!ミスター赤ヘルの軌跡。

1969年~1986年まで、広島東洋カープの黄金期を引っ張ってきたミスター赤ヘルこと、山本浩二の現役時代と今や、広島の顔。日本野球界の顔とまでなった人物です。そんな赤ヘルの昔と今を振り返る。

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野球と広島を題材にした、本も発行するほど、多才ぶりを発揮しています。

Amazon.co.jp: 野球と広島 (角川新書): 山本浩二: 本

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山本浩二の人柄は

のんびり屋の性格で、後に妻になる鏡子夫人が、神宮球場に憧れの山本本人を見に来ているのを見ながら、「あれ(鏡子夫人のこと)、誰の彼女じゃろか?」と感じていたほど呑気であったという。

プロポーズの言葉は「両親に会ってくれ」とのこと。

現役時代、王貞治、田淵幸一、星野仙一、平松政次、松岡弘と共に、細川たかしの「六つの星」という歌にバックコーラスで参加したことがある。しかし この曲のジャケット写真 では、なぜか山本だけがビジター用のユニフォームを着ていた。その理由は現在でも不明である。

現役時代の移動時に着用していた黒スーツ(ストライプ入り等)、パンチパーマなど、衣笠祥雄、江夏豊らと新幹線のホームに立つと迫力があった。西崎幸広や阿波野秀幸、水上善雄やヤクルトの選手らがお洒落な髪型にしたり、DCブランドを着始める前まで、プロ野球選手の私服や移動時はこうしたファッションが主流だった。

鼠先輩(岡山県赤磐市出身)も自身のパンチパーマにヤクザ風のスーツファッションは、現役時代の山本と衣笠を意識したものと話している。

ヤマザキの「エイトドーナツ」の袋に描かれている野球選手である。
広島東洋カープの大投手、佐々岡も山本浩二に憧れて、パンチパーマを貫き通したとか・・・。

本当かどうかはわかりませんが、それだけ、広島の顔になっているということです。

山本浩二の名言や、山本浩二という人物は今も語り継がれる人なのです。

そんな侍の代表になったミスター赤ヘルの名言をまとめてみました。

リーダーシップというのは、怒(おこ)ったり説教したりすることじゃなくて、きちっと実績を残すこと──若いヤツはそれを見てついてくるわけですよ。
集中力は自信から生まれる。
「ロペスよりは速いやろ。」
延長12回にロペスの代走に小林幹英を送った時の山本監督のコメントです。

侍ジャパンの監督として、広島の顔から日本の顔へ

日の丸を背負う山本浩二

日の丸を背負う山本浩二

数々の記憶を作った山本浩二が、侍ジャパンの顔へとなる時がきた。

2013年WBCの監督に就任したのだった。

第3回の山本侍ジャパンは、過去最高の成績で、決勝ラウンドに行くが、準決勝のプエルトリコ戦で、くしくも敗退することとなり、3大会連続優勝は消えていったのだ。

結果が問われる今大会のプレッシャーは相当なものだったであろう。
広島の顔から、日本野球界の顔とまでなった、広島の星、山本浩二は、これからも広島弁でプロ野球を解説してくれるでしょう。
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