昭和・平成の時代に躍動した女三四郎たち
2022年9月3日 更新

昭和・平成の時代に躍動した女三四郎たち

「柔よく剛を制す」、日本人なら誰もが知っている、日本から誕生した武道です。オリンピックでも、男子と並んで日本のお家芸となっている女子柔道。これまで多くのメダリストが誕生しています。その中で、昭和から平成にかけて活躍した女三四郎に相応しい女子柔道家をご案内します。

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山口香

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女三四郎といえば、その先駆けと言える「山口香(やまぐちかおり)」さんがすぐに思い浮かびますよね。そうです、当時話題になった、漫画YAWARAのモデルとなった方です。1988年に開催されたソウルオリンピックにおいて、銅メダルを獲得しています。小内刈を得意技としていた選手で、段位は六段でした。

今では一線からは退いて、 全日本柔道連盟女子強化委員・日本オリンピック委員会理事・筑波大学柔道部女子監督などを歴任して、2013年には、瀬古利彦氏の後任として6月21日に日本バレーボール協会理事となり、8月21日には全日本柔道連盟監事にそれぞれ任命されました。


東京都豊島区で出生して柔道の道に進み、欧州と米国が強かった頃で日本人の勝利が少なかった時期の第3回世界選手権に出場し、日本人女性柔道家として史上初の金メダルを獲得しています。ばりばりの現役時代は、「女三四郎」と称賛されていたんですよ。

恵本裕子

アトランタ五輪女子柔道61kg級決勝 恵本裕子vsバンデカーベイ

日本女子柔道界で、初めてオリンピックの金メダルを獲得したのが「恵本裕子(えもとゆうこ)」さんです。柔道の道を歩き出したのが高校生のときという。かなりの遅いスタートの柔道人生となった恵本裕子さんですが、オリンピックの出場権を掴んだのがそれからわずか8年足らずという速さ。

たいした実績もないままに代表選手に選考された恵本裕子さんですが、アトランタオリンピックで快進撃を見せ、決勝においては見事な内股で一本勝ちをしています。オリンピックという大舞台にも動ぜずに、見事金メダルを獲得したのでした。

まさに女三四郎といえる活躍で、オリンピックという檜大舞台において圧倒的な実力を世界に見せつけたのでした。その堂々たる姿を見て、驚いた方も多かったのではないでしょうか。

谷(旧姓田村)亮子

【公式】シドニー2000オリンピック 柔道女子48kg級 田村亮子選手 【オリンピック感動名場面】#Tokyo2020

女子柔道を語るにおいて、この人の存在を忘れることはできないでしょう.。その人と言うのが、「谷(旧姓田村)亮子(たにりょうこ)」さんです。。まさしく柔道の申し子と言った谷亮子さんは、「ヤワラちゃん」という愛称でも親しまれていました。

世界選手権6連覇・全日本体重別11連覇などといった、前人未踏ともいえる輝かしい戦歴を持つ谷亮子さんでしたが、オリンピックにおいてのみは別物で、この世界的なイベントで獲得する金メダルだけは、遠い道のりとなっていて、決して簡単なものではなかったのです。

金メダル獲得が間違いなしと期待されていた、バルセロナオリンピックとアトランタオリンピックの両大会では、惜しくも銀メダルに終わってしまいます。そして「最高でも金、最低でも金」と相当な覚悟で挑んだシドニーオリンピックで、ようやく悲願の金メダルを獲得したのです。

谷本歩実

谷本歩美 柔道 金メダル.mpg

女子選手でありながら、強気な「一本勝ち」にこだわり続けたのが「谷本歩実(たにもとあゆみ)」さんです。その勇猛な姿勢から「女三四郎」というニックネームでも親しまれ、大いに観客を沸かせた選手ですね。2004年のアテネオリンピックと2008年の北京オリンピックで、見事金メダルを獲得しています。そしてどちらの大会も、オール一本勝ちをという素晴らしい結果を残したのでした。

当時谷本歩実さんの指導役だったのが、1992年バルセロナオリンピックで金メダルを獲得した「平成の三四郎」と異名を持つ古賀稔彦コーチでした。谷本歩実さんが見事金メダルを決めた瞬間に、古賀コーチに抱きついて喜びを爆発させた姿が印象に残っていますね。

このように、オリンピック女子柔道界のメダルの歴史は輝かしいものがあります。近年では連覇を成し遂げる選手も多く、世界に誇れる活躍が見られますね。これからもどんどんと、新たな女三四郎が誕生してくることを期待したいものですね。
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