【ディーゼル機関車の巨頭】DD51と後継機について
2017年5月31日 更新

【ディーゼル機関車の巨頭】DD51と後継機について

大出力ディーゼル機関車として国鉄時代から全国を走り続けているディーゼル機関車「DD51」。かつては重連で寝台特急をけん引したり、ついこの前まで北海道の大地で生まれた農作物を本州に送り届ける重要な役目を果たしていました。世代交代がささやかれる今、DD51とその後継機について書いてみました。

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DD51はこの機関車です。

DD51

DD51

出典:裏辺研究所 さまより
寝台特急「北斗星」をけん引するDD51重連

寝台特急「北斗星」をけん引するDD51重連

北斗星号専用の塗装を施されたDD51が、重連で北海道の大地を走行します。
寝台特急「出雲」をけん引するDD51重連

寝台特急「出雲」をけん引するDD51重連

山陰本線も非電化区間が長いので、DD51重連が活躍しました。

DD51の概要

DD51形ディーゼル機関車(DD51がたディーゼルきかんしゃ)は、日本国有鉄道(国鉄)によって1962年(昭和37年)から1978年(昭和53年)にかけて製造されたディーゼル機関車である。
来年2018年で、一番新しい車両も製造40年を迎える古豪なんですね。

なんと言ってもDD51の魅力は重連運転

2両以上の機関車をつなげて運行することを、「重連」と言います。
目的は
牽引力を増加させる
急勾配区間の走行
冗長化による信頼性向上
機関車の回送(機関車は無動力で牽引されるのみであることも多い)
その他(行事や観光列車の見世物として、瀬戸大橋などの荷重試験として)
のために行われる。
単機に比べて、旅客列車では主にスピードアップのために、貨物列車では1編成で多くの荷物を運ぶために牽引力を増加させるために行われます。

寝台列車の廃止により、旅客けん引はまれに。

最後の定期急行列車「はまなす」号

最後の定期急行列車「はまなす」号

旅客列車けん引の最後の活躍の場は、北海道の函館ー札幌間でした。
しかし、2015年に北海道新幹線が開業の際、寝台特急「北斗星」号と、最後の定期急行「はまなす」号が廃止され、旅客列車としての定期運用は姿を消しました。
臨時列車としての運用は今後もあるかもしれませんが、その際もDD51よりは、貨物機ではありますが、後継機のDF200が務める可能性もあると思われます。
DD51の後継機 DF200

DD51の後継機 DF200

幹線における電化区間の割合が低い北海道においては、無煙化以降の貨物輸送は電化・非電化区間の別なくDD51形ディーゼル機関車を主力としてきた。JR移行後の輸送量増大や貨物列車の高速化に対し、DD51形の出力不足で恒常的に重連での運用を要したことに加え、北海道の厳しい気候風土による車両の老朽化も顕在化してきた。これを受け、重連運転の解消と老朽車両の置換えを目的として1992年に開発されたのがDF200形である。
JR貨物の公募により"ECO-POWER RED BEAR"(エコパワーレッドベア)という愛称がつけられ、車体側面にロゴが描かれている。1994年鉄道友の会ローレル賞(第34回)受賞。
ファンからは、「レッドベア」と呼ばれています。北海道にいるクマさんのイメージですね。
DF200は単機で、DD51重連の力を出すことができるので便利です。

北海道という貨物列車に求められる特殊事情。

北海道の貨物列車は、恵みの大地北海道で生産された農作物を、東京など本州に運搬する目的が大きいです。
また、北海道は面積が広大で、高速道路の整備もまだ追いついていません。
そのため、大量輸送に適した鉄道貨物が、非常に重要な交通手段になっています。
貨物列車を優先するあまり、せっかくの北海道新幹線のスピードを、青函トンネル内では遅くしているほどです。

本州以南ではまだしばらくDD51が活躍か。

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