「熱い情熱の青ライン?」轟音とともにやってきた懐かしき【東西線301系】
2017年10月17日 更新

「熱い情熱の青ライン?」轟音とともにやってきた懐かしき【東西線301系】

今年(2017年)10月3日、大阪環状線から103系が引退しましたが、東京にもかつては103系が大量に配属されていました。その中に地下鉄専用のJR車両がありました。301系という車両です。昭和の風景を残した東西線中野駅を中心とした風景が写真に残っていましたので、ご紹介します。

2,187 view

地下鉄直通用に作られた国鉄「301系」電車。

301系は、地下鉄東西線とJR中央・総武線直通用に、当時の国鉄が製造した車両です。
「抵抗器制御」と呼ばれる今では都市部では見られなくなったブレーキを使用していました。
つまり走っている電車のエネルギーを止めるために、エネルギーを「抵抗器」で熱に変換して速度を落としていました。

熱い情熱の青い電車は、暑かった!!。

地下鉄はもちろんトンネルの中を走ります。
地下鉄東西線は南砂町駅の手前までは地上を走り、巨大な川を橋で渡る爽快な路線です。
(ただし混雑が激しいのと、昔は川の水の汚染がひどく、川を渡る時に悪臭がした、などのエピソードも残っています。)
しかしトンネルに入り正真正銘の地下鉄になると、抵抗器制御ではキツイんです。
ブレーキをかけるために抵抗器から出る熱がトンネル内にこもって、車内がとにかく暑い!。
しかも103系のモータを踏襲しているため、轟音で地下鉄内を走り抜けます。
その轟音と暑さは、今でもよく覚えています。
東西線(とうざいせん)は、東京都中野区の中野駅と千葉県船橋市の西船橋駅を結ぶ、東京地下鉄(東京メトロ)が運営する鉄道路線。鉄道要覧における名称は5号線東西線である。
路線名の由来は東京を東西に横断する意味から。車体および路線図や乗り換え案内で使用されるラインカラーは「スカイブルー」(水色)、路線記号はT。
国鉄301系電車(こくてつ301けいでんしゃ)とは、日本国有鉄道(国鉄)が設計・製造した地下鉄乗り入れ対応の直流通勤形電車。
1966年から開始された中央緩行線と帝都高速度交通営団(現・東京地下鉄)東西線の相互乗り入れの開始に備え、これに対応すべく設計され、クハ301-モハ301-モハ300-モハ301-モハ300-モハ301-クモハ300の7両編成が1966年に5本(35両)、1969年に3本(21両)の計8本が川崎車輛(現・川崎重工業車両カンパニー)および日本車輌製造で製造され、三鷹電車区(現・三鷹車両センター)に配置された。
国鉄が初めて設計・製造した地下鉄対応の通勤形電車であるとともに、国鉄電車としては初めてアルミニウム合金車体を本格採用した車両でもある。
国鉄分割民営化後は全車が東日本旅客鉄道(JR東日本)に継承されたがすでに全車廃車されており、1両を残して解体されている。
国鉄では台車が金属ばねで、鋼製車体が当たり前だった当時としては、アルミ車体と空気ばね台車の通勤車は異色の存在であり、製造費が高価だったため、登場間もない頃は「国鉄で最もデラックスな通勤形」と称されていたこともある。
登場当時は最新鋭の車両だったんですね。

それでは、301系ギャラリーをお楽しみください。

モハ300-6

モハ300-6

この字体の車両も、東京では見なくなりましたね。
via 個人撮影 ジバニャンLOVE
走り抜ける301系 1

走り抜ける301系 1

轟音と共に駅を発車します。
via 個人撮影 ジバニャンLOVE

営団地下鉄東西線を走るJR301系走行音(飯田橋~落合)

音だけを記録したシュールな動画がありましたので、ご紹介します。
301系 出発!!。

301系 出発!!。

via 個人撮影 ジバニャンLOVE
停車している時はこんな感じです。

停車している時はこんな感じです。

奥に見える座席の色も懐かしいです。
via 個人撮影 ジバニャンLOVE
出発する301系。奥には停車中の5000系。

出発する301系。奥には停車中の5000系。

奥にはこれも懐かしい5000系が見えますね!!。
via 個人撮影 ジバニャンLOVE
営団5000系電車(えいだん5000けいでんしゃ)は、1964年(昭和39年)から製造が開始された帝都高速度交通営団(営団)の通勤形電車である。2004年(平成16年)4月の営団民営化にともない、東京地下鉄(東京メトロ)に継承された。
2007年(平成19年)3月17日まで東西線でも使用されており、それ以降は千代田線北綾瀬支線(綾瀬駅 - 北綾瀬駅間)のみで運用されていたが、2014年(平成26年)5月30日を以って全車が引退した。
朝の出発はこんな風景。

朝の出発はこんな風景。

左上の看板「営団」の文字が懐かしいですね。
via 個人撮影 ジバニャンLOVE

珍しい行き先表示「妙典」行きの電車の方向幕。

正面方向幕のアップ画像。

正面方向幕のアップ画像。

東西線マニアにはうれしい画像でしょう(笑)。
via 個人撮影 ジバニャンLOVE
妙典行き電車自体は、珍しい行先ではないのですが、今やほとんどがLED電光表示になった中で、妙典行きの方向幕は、珍しいのではないでしょうか。
駅に進入する妙典行き

駅に進入する妙典行き

これは301系によく似た顔である103系である可能性が高いです。
詳細が不明で申し訳ありません。
via 個人撮影 ジバニャンLOVE
26 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • コメントはまだありません

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

【悲報】国鉄時代から40年間にわたり活躍した特急「踊り子」185系が引退。

【悲報】国鉄時代から40年間にわたり活躍した特急「踊り子」185系が引退。

1981年に運用が開始され、国鉄時代より特急などで使用されてきた「国鉄185系電車」がこのたび引退することとなり、3月12日にラストランを迎えました。
隣人速報 | 1,067 view
【なぜ中央線の東京駅はあんなに高いのか】1995年の大工事

【なぜ中央線の東京駅はあんなに高いのか】1995年の大工事

東京以外の方にはなじみが薄いと思いますが、中央線の始発・東京駅の中央線ホームは長大なエスカレーターを上った、かなり高いところにあります。なぜ、あんなに不便になっているのでしょうか。そこには1995年に行われた大工事がありました。
ジバニャンLOVE | 6,137 view
【構想50年、着工30年】沿線住民の悲願ついに【小田急線複々線化2018年完成へ】

【構想50年、着工30年】沿線住民の悲願ついに【小田急線複々線化2018年完成へ】

小田急電鉄は昨日(2017年11月1日)、2018年3月中旬にダイヤを「白紙改正」することを発表しました。これは代々木上原ー登戸間の複々線化が完成することによるもので、これにより電車の大幅な速達度向上、混雑率緩和が見込まれます。小田急とその周りを取り巻く情勢について書いてみました。
ジバニャンLOVE | 1,465 view
東京から103系が消えた日【エメラルドグリーン常磐線ラストラン・ギャラリー】

東京から103系が消えた日【エメラルドグリーン常磐線ラストラン・ギャラリー】

2006年3月17日、東京で最後まで常磐線に残っていた103系が引退しました。その日たまたま撮影した写真がありますので、ご紹介したいと思います。今月(2017年10月3日)、大阪環状線からも103系が引退しましたが、「昔こんな電車東京でも走ってたよなー」的な想い出を味わっていただければ幸いです。
ジバニャンLOVE | 3,972 view
【羽田空港に負けるな!】成田空港のアクセスが便利になったのは1991年から

【羽田空港に負けるな!】成田空港のアクセスが便利になったのは1991年から

1978年に開港した、日本から世界に飛び立つ玄関口、成田空港。今はJR東日本と京成電鉄が空港の真下まで乗り入れ、非常に便利になりましたが、この充実した鉄道網は1991年からです。成田空港へのアクセスの歴史を調べてみました。
ジバニャンLOVE | 1,762 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト