【桃尻娘】橋本治はこんなふうに世に知られてきた
2019年5月13日 更新

【桃尻娘】橋本治はこんなふうに世に知られてきた

平成31年1月に亡くなられた作家の橋本治さん。長編小説や評論だけでなく、中世・近世の日本文学にも及ぶ多作な作家でしたが、彼が世に出てきたときはこんなふうなデビューでした。彼の業績のほんのさわりをご紹介。

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だって、このまんま十五年も経つと二人がオバサンとミセスに変って、あたしはやっぱりイライラしたまんまの、ナンダロ、やっぱりミセスかな。ヤダ、職業婦人のオールド・ミスかな、似たようなもんだ。先が見えてるったって、これじゃあんまりだと思わない?
via 橋本治『桃尻娘』 講談社文庫
「高校生の女の子は普段常に心の中でブツクサ言っている筈だ」
(講談社文庫版『桃尻娘』あとがき)との認識をもとに
頭の中で、言葉にせずに「思った」感情を
なんとか言葉にしたらこうなった、的な
だらだら垂れ流し系の饒舌体なのですが
その、いろんなものにブチギレてる視点はかなりな部分リアルで
それが「桃尻語」とのちのち言われる文体とマッチしているんですね。
高校生っていえば、“お勉強”しかなくって、女の子っていえば“純潔”しかなくって、どうしてそんなつまんないものしかあたしにはないの? あたしが他の“何か”であっちゃどうしていけないの? あたしは絶対そんな役に立つ物なんかになりたくないんだ。あたしは唯の“実用品”になんかなりたくないんだ。だからあたしは、だからあたしはどんな事があったって、意地でも今日は海を見に行くんだ。
 海に行ったって何にもあることないのに決ってるけど、でもやっぱりあたしは、一人で行くんだ。
via 橋本治『桃尻娘』 講談社文庫
この部分は単行本収録にあたって「計画通り」書き足した部分だそうですよ。
ここまで饒舌に文句をつけて来ての最後の部分。
どうです純文学でしょう。
誰ですかエロだって言ってるのは。

蛇足ながら付け加えておくと
「桃尻娘」と名付けたのはクラスメートの男子達で
遠足に行った時にたまたまピンクのコットンパンツを履いていたから
そういう二つ名がついたわけ。
別に素肌のヒップがピンクなわけじゃないのよォ。

なのになぜかロマンポルノになってしまったり

「日活ロマンポルノシリーズ」として映画化され、ポルノ映画ながら、実際の早稲田大学キャンパスにおいて、食堂などを始めふんだんにロケが行われ、全3作が公開された。
日活ロマン・ポルノポスター 『桃尻娘(ピンク・ヒップ・...

日活ロマン・ポルノポスター 『桃尻娘(ピンク・ヒップ・ガール)』 竹田かほり 亜湖 監督・小原宏裕 原作・橋本治 ’78日活

玲奈ととっぽい友人の祐子を年齢をちょいと上げてクローズアップした内容だとは思うのですが
原作からはたぶん遠く離れたものになっているんじゃないでしょうか。
これはこれでヒットしたし、『桃尻娘』の知名度も上がったのでしょうが
自筆経歴ではちょっと残念そうな書き方をしていますね。
『桃尻娘』は、単行本に同時収録された『無花果少年(いちぢく・ボーイ)』『菴摩羅HOUSE(まんごおハウス)』『瓜売小僧(ウリウリぼうや)』『温州蜜柑姫(おみかんひめ)』の後
『その後の仁義なき桃尻娘』(1983年)
『帰って来た桃尻娘』(1984年)
『無花果少年と瓜売小僧』(1985年)
『無花果少年と桃尻娘』(1988年)
『雨の温州蜜柑姫』(1990年)と、シリーズ化した著作が出ています。
『桃尻娘』以来、何故に私がしつこく猥雑にこだわるかと言えば、それが”現実”だからです。大体”青春”ていえば現実無視して平気でいられるっていう思想が僕は気に入らないんだよネ。だから僕はポルノまがいの題名をつける訳でサ、でも目指す所は飽くまでもアンチ・ポルノなんだけど、以上。
via 橋本治『桃尻娘』あとがき 講談社文庫

誰も書かなかった「少女マンガ」論

29歳の(女子高生から見れば)おっさんが
なぜ15歳の女の子のリアルを『桃尻娘』で書けたかといえば
そこには「少女マンガ」という
女の子の世界をリアルに感じられるメディア、
そして当時の社会からは隔絶された「異次元の」世界があったのではないかと。
2歳下の妹さんの読んでいた萩尾望都や大島弓子のマンガが自宅にあり
イラストレーターとして世に出ようとしている橋本治が、
それら24年組の作品を読んでないはずがないわけで・・・
(現に『桃尻娘』にも、竹宮惠子『風と木の詩』のジルベールの名前が出てきます)。

少女マンガは、世の中に現としてありながら、社会的には黙殺されていました。
評価の対象になどなるものではなく
誰もきちんと論じようとする人はいませんでした。

文筆業界の人間として、初めて、少女マンガを論じたのが橋本治です。
花咲く乙女たちのキンピラゴボウ<前篇> / 橋本治 北...

花咲く乙女たちのキンピラゴボウ<前篇> / 橋本治 北宋社 1979

「失われた水分を求めて」倉田江美論に始まり
途中数人の男性マンガ家も含めながら
10人の作家について論じた本です。
挙げられているのは
倉田江美、萩尾望都、大矢ちき、山岸涼子
江口寿史&鴨川つばめ
陸奥A子、土田よしこ、吾妻ひでお、大島弓子
江口寿史と鴨川つばめを並べて論じたのも、橋本治が初めてでしょうね。

陸奥A子に代表される「おとめちっく」と
土田よしこのきわどいギャグの分析がすごいです。
少女マンガは社会の外に世界を切り開いた。なぜなら女子どもは社会に居場所を持たなかったからだ。当時、社会は男の都合で出来ており、持て囃すにせよ色眼鏡で見るにせよ、女子高生は社会的に排除されていた。橋本治は、そんな差別を軽々と乗り越える女子どもの強かさを掬い上げる。
出版当時、それほど話題になったわけではないですが、
その後24年組について論じられるようになってから
「ほぼリアルタイムに近い時点でこれを書いた橋本治はすごい」と
後年じわじわと評価されてきた本です。
『桃尻娘』の女子高生のたたみかけるノリではないですが
多表現で饒舌な説明を、上から下から横からまわりこんで書き込んでいくスタイルは
もうすでに「橋本治」。
本人の経歴に曰く「日本評論史に燦然と輝くマンガ評論の金字塔」です。

ちょっとおまけ 実は元祖「編み物王子」

今「編み物王子」というと、ニットの貴公子広瀬光治が有名ですが
実は橋本治は、35年前に編み物の本を出しています。
元祖「編み物王子」だったんですよ。
男の編み物、橋本治の手トリ足トリ 単行本 – 1983...

男の編み物、橋本治の手トリ足トリ 単行本 – 1983/11/1

紀伊国屋のサイトには
「なんにも知らない人でもいきなりセーターが編める、あるいは一度も完成させたことのない人へ、天才・ハシモトが贈る、これ以上やさしく書けない類似本ナシの実用書。」
という宣伝文句があります。
これでニット制作にはまった男子もかなりいるという話。
表紙のニットを見るとわかると思いますが、
女性用ニット教本でよく見る「模様編み」ではなく「編み込み」
しかも絵画のように人の顔や図を編み込んでいく、アヴァンギャルドなスタイル。

当時の編み物界に衝撃を与えた本であるらしく
絶版になっている現在では非常に高値で取引されています。
男の編み物 橋本治の手トリ足トリ 1984年 昭和59...

男の編み物 橋本治の手トリ足トリ 1984年 昭和59年 河出書房新社 A08-01

タイトルの「手トリ足トリ」にいつわりはなく、本当に最初から最後まできちんと編み方について説明しています。
編み方がわかれば、自分が夢想するどんなものもちゃんと編めると主張。
編み図ありきの教本と違い、とても理論的です。
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