【プロ野球】アンチ巨人注目!あの無敵の巨人に強かった!昭和の巨人キラー投手たち
2023年1月20日 更新

【プロ野球】アンチ巨人注目!あの無敵の巨人に強かった!昭和の巨人キラー投手たち

昭和の時代は、無敵の最強チームだった読売ジャイアンツ(巨人)。特に昭和40年代はV9を達成し、巨人の黄金期でした。その巨人を倒すべく、多くのエースが巨人に勝負を挑みますが、そのほとんどが負け越し。そんな中、アンチ巨人をスカッとさせてくれた名投手がいました。今回は、昭和に活躍した6人の "巨人キラー" をご紹介します。

894 view

平松政次(大洋)

通算成績 201勝196敗 勝率 .506
巨人戦 51勝47敗 勝率 .520
平松政次は、"カミソリシュート"の異名を取った大洋ホエールズのエース。現役時代の大半がBクラスでしたが、平松個人は200勝以上を挙げ、勝敗においても勝ち星が上回っています。

通算201勝のうち、巨人戦は51勝。実に、勝ち星の4分の1を巨人から記録しました。勝利数でも、金田正一に次ぐ歴代2位。また、巨人戦30勝以上で5割以上の成績を残した投手史上4人だけで、その筆頭が平松です。巨人のV9時代ながら、1970年には25勝、1971年には17勝を挙げ、2年連続最多勝を記録しました。巨人の中では、ミスタージャイアンツこと長嶋茂雄と相性が良く、通算の対戦成績は、181打数35安打8本塁打26打点、打率.193と、長嶋を圧倒しています。

後述する星野仙一は、岡山県の同郷で一学年上の先輩です。高校時代はともに戦い、その後奇しくもともに巨人キラーとして活躍しました。
平松政次(大洋)

平松政次(大洋)

星野仙一(中日)

通算成績 146勝121敗 勝率 .547
巨人戦 35勝31敗 勝率 .530
星野仙一は、現役時代は中日ドラゴンズのエースとして、監督時代は中日・阪神・楽天で采配を振った名将として活躍した野球人です。特に、巨人のV10がかかった1974年は、先発、抑えとフル回転で活躍し、巨人のV10阻止チームのリーグ優勝に貢献しました。個人成績も15勝9敗10セーブで、沢村賞を受賞し、初代最多セーブのタイトルを獲得しています。

"燃える男"と呼ばれ、特にONとの対決では、闘志むき出しで攻撃的なピッチングをしました。王貞治との対戦は、195打数62安打24本塁打、打率.318。長嶋茂雄とは、一年目こそ4本塁打を浴びたものの、その後は3本塁打に抑え、通算では、111打数26安打7本塁打、打率.234に抑えています。

平松同様、巨人戦30勝以上で5割以上の成績を残した4投手の一人です。
星野仙一(中日)

星野仙一(中日)

川口和久(広島)

通算成績 139勝135敗 勝率 .507
巨人戦 33勝31敗 勝率 .516
川口和久は、1980年代から1990年代前半にかけて、広島東洋カープの黄金時代を支えたエースです。当時広島はAクラスの常連で、1984年、1986年、1991年にリーグ優勝を果たしています。川口は制球難はあったものの奪三振が多く、最多奪三振を3度も記録。セ・リーグで初めてタイトルが制定された1991年には、初代タイトルを獲得しています。

中でも、当時最大のライバルだった巨人に強く、通算8完封は他の巨人キラーも成し得なかった記録です。(金田正一、村山実、江夏豊の完封数の方が多いが、3者とも勝敗は負け越し。)巨人を抑えて3度も優勝できたのは、巨人キラー・川口に依るところが大きいでしょう。平松、星野同様、巨人戦30勝以上で5割以上の成績を残した4投手の一人です。

1994年オフに、広島で初めてFA権を行使。奇しくも長嶋茂雄監督からのラブコールを受け、ライバルの巨人に移籍しました。そのまま現役を終え、後年、巨人で投手コーチを務めています。
川口和久(広島)

川口和久(広島)

江本孟紀(阪神)

通算成績 113勝126敗 勝率 .473
巨人戦 15勝14敗 勝率 .517
江本孟紀は、元々は南海ホークスの主力投手でしたが、江夏豊との大型トレードで阪神タイガースに移籍。1976年より、阪神のエースとして活躍するようになります。移籍一年目で、リーグ最多の36試合に先発登板し、成績は15勝9敗。チームの勝率6割超え(順位は2位)に貢献します。

巨人では王貞治と相性が良く、67打数9安打3本塁打、打率.134と王を圧倒しました。王は1980年で引退。江本も、翌1981年にベンチでの発言の責任を取って、シーズン途中で引退しました。セ・リーグでの通算成績は負け越し、途中からリリーフ主体で勝ち星も少なめでしたが、巨人戦は15勝14敗と勝ち越しています

彼特有の球種 "エモ・ボール" は当時魔球と呼ばれ、打者を翻弄しました。後年、江本は「フォークボールのすっぽ抜けで妙な落ち方をしたボールだった」と話しています。
江本孟紀(阪神)

江本孟紀(阪神)

小林繁(阪神)

通算成績 139勝95敗 勝率 .594
巨人戦 13勝15敗 勝率 .464
小林繁は、元々は巨人の選手で、1977年には沢村賞を受賞し、最優秀投手のタイトルを獲得するなど、巨人のエースとして活躍していました。しかし1978年オフ、江川事件 "空白の一日" で、阪神タイガースに電撃移籍します。

移籍一年目の1979年は、巨人に対して闘志をむき出しにし、なんと8勝0敗巨人を圧倒しました。最終的には22勝9敗で、二度目の沢村賞と最優秀投手に加え、最多勝利のタイトルまで獲得しています。

しかし、翌年以降は、巨人に対する闘志がなくなり、5勝15敗と大敗。若手が台頭し、別チームのように感じられたからだと、のちに小林は述懐しています。毎年二桁勝利を挙げ阪神のエースとして活躍しますが、1983年オフ、31歳の若さで引退しました。
小林繁(阪神)

小林繁(阪神)

26 件

思い出を語ろう

     
  • 記事コメント
  • Facebookでコメント
  • NPB ⚾ 🧤 2023/4/11 14:13

    やく先生の四コマで昭和末期から1990年代初期巨人のナインをからかい
    おもしろがりました

    すべてのコメントを見る (1)

    コメントを書く
    ※投稿の受け付けから公開までお時間を頂く場合があります。

あなたにおすすめ

関連する記事こんな記事も人気です♪

1985.阪神タイガース優勝劇 阪神が優勝すれば日本は変わる!バックスクリーン3連発、道頓堀ダイブ、カーネル・サンダースの呪い

1985.阪神タイガース優勝劇 阪神が優勝すれば日本は変わる!バックスクリーン3連発、道頓堀ダイブ、カーネル・サンダースの呪い

1985年、虎が長い眠りから覚めると、日本は熱狂のジャングルと化し、その優勝劇は、まさに「Tigers The Movie」、まるで映画のようでした。
RAOH | 1,998 view
最強の“打てる投手”とは!?投手のホームラン10傑を調べてみた!

最強の“打てる投手”とは!?投手のホームラン10傑を調べてみた!

去就が注目される日ハムの大谷翔平。投手としては通算42勝15敗、防御率2.52。打者としては打率.286、166打点、48本塁打と規格外の成績を残していますが、では、彼を除いて、投手の中で歴代もっともホームランを打っているのは誰なのかを調べてみました。
こじへい | 185,171 view
【王さんのせいで・・・】王貞治選手の次点でホームラン王を獲得できなかった選手たち

【王さんのせいで・・・】王貞治選手の次点でホームラン王を獲得できなかった選手たち

世界のホームラン王こと王貞治選手は、現役時代にホームラン王のタイトルを15回も獲得しています。しかも、ホームランの本数は40本台、50本台がほとんど。ライバルの強打者たちは、どんなに打ってもタイトルに届かず、悔しい思いをしていたようです。今回は、王選手の次点で惜しくもタイトルを逃した選手を振り返ります。
izaiza347 | 270 view
プロ野球選手と結婚し引退した80年代アイドル【秋本理央】現在どうしてる?

プロ野球選手と結婚し引退した80年代アイドル【秋本理央】現在どうしてる?

「レッツゴーヤング」の「サンデーズ」のメンバーに選ばれ、歌手デビューも果たした元アイドルの秋本理央さん。プロ野球選手の方とのご結婚により約5年の芸能生活に幕を閉じました。そんな秋本理央さんの芸能活動を振り返りつつ現在の様子についてチェックしてみました。
ハナハナ | 223 view
川相昌弘が犠打世界記録の偉業を達成!「あなたが選ぶ巨人ベストゲーム 第27弾」で2003年8月20日横浜戦が放送決定!!

川相昌弘が犠打世界記録の偉業を達成!「あなたが選ぶ巨人ベストゲーム 第27弾」で2003年8月20日横浜戦が放送決定!!

CS放送 日テレジータスにて「あなたが選ぶ巨人ベストゲーム 第27弾」と題し、川相昌弘が犠打世界記録の偉業を達成した2003年8月20日の横浜戦が放送されます。放送日程は8月26日(月)21:00~ほか。
隣人速報 | 65 view

この記事のキーワード

カテゴリ一覧・年代別に探す

あの頃ナウ あなたの「あの頃」を簡単検索!!「生まれた年」「検索したい年齢」を選択するだけ!
リクエスト