アメリカ横断ウルトラクイズといえば「みんなー!ニューヨークへ行きたいかぁー!?」(福留功男)
「勝てば天国、負ければ地獄!知力、体力、時の運!早く来い来い木曜日!」(高島忠夫・石川牧子アナ)
などの名フレーズが頭に浮かんできますね。
何よりも、優勝賞品が海外旅行だった当時のクイズ番組にあって、そもそもアメリカ大陸を横断しながら戦うクイズ番組という設定が壮大なスケールで、子供心に(つまりクイズの正解などは全く分からないままに)毎週楽しみにしていたのを憶えています。
毎週楽しみに観ていました、不思議と番組途中からはだいたい応援する人が決まってくるんですよね。
アメリカ横断ウルトラクイズのテーマ曲 - YouTube
「アメリカ横断ウルトラクイズ」はクイズ界最高峰のイメージがありました
「知力、体力、時の運!」
「アメリカ横断ウルトラクイズ」日本テレビで全17回開催・放送されました
翌年からレギュラー化し、年に1回制作、毎年10月下旬から12月上旬頃に放送されました。
1992年(平成4年)の第16回を最後に終了したものの、1998年(平成10年)日本テレビ開局45年記念番組『ネッツトヨタスペシャル 今世紀最後!! 史上最大! アメリカ横断ウルトラクイズ』(以降「“今世紀最後”」と記す)として一度限りの復活を果たしました。
なんと世界で最も制作費のかかったクイズ番組
世界で最も制作費のかかったクイズ番組
いくつもの「チェックポイント」では趣向を凝らしたクイズが待ち受けており、勝ち抜ければ次のチェックポイントに進み、敗れると現地で厳しい罰ゲームを受けて日本へ強制送還。
数々のチェックポイントを勝ち抜き、ニューヨークには各回2名(第11回だけ3名)が進出して決勝戦が行われ優勝者「日本一のクイズ王」を決定しました。
他のクイズ番組とは異なり、18歳以上(第11回までは45歳以下・第12回から第16回までは50歳以下・“今世紀最後”は上限なし)でパスポートを所持していれば、オーディションなしで誰でも番組に参加可能。
ギネスブックには「世界で最も制作費のかかったクイズ番組」として記載。
あまりに突拍子もないスケール感に第1回はドタキャンが続出
「海外旅行をしながらクイズが同時進行し、優勝者を決定する」という度肝を抜く展開で話題を集めた。しかしあまりにも突拍子もない企画という事もあり、第1回は参加者も疑心暗鬼となりドタキャンが続出。参加人数はたったの404名であった。
第1回の成功で第2回以降は参加者数がうなぎ上りに
※下表はwikipediaから参照しております
第1回(1977年) | 視聴率約25% | 参加者404人 |
第2回(1978年) | 23.9% | 700人 |
第3回(1979年) | 23.9% | 1,362人 |
第4回(1980年) | 29.9% | 2,707人 |
第5回(1981年) | 27.2% | 6,473人 |
第6回(1982年) | 27.2% | 7,332人 |
第7回(1983年) | 34.5% | 10,203人 |
第8回(1984年) | 23.1% | 11,048人 |
第9回(1985年) | 22.2% | 11,754人 |
第10回(1986年) | 26.8% | 17,162人 |
第11回(1987年) | 20.4% | 18,017人 |
第12回(1988年) | 17.9% | 20,774人 |
第13回(1989年) | 16.6% | 24,115人 |
第14回(1990年) | 15.0% | 26,735人 |
第15回(1991年) | 18.1% | 28,523人 |
第16回(1992年) | 14.6% | 26,121人 |
「今世紀最後」(1998年) | 21.2% | 50,453人 |
他のクイズ番組とは異なり、18歳以上(第11回までは45歳以下・第12回から第16回までは50歳以下・“今世紀最後”は上限なし)でパスポートを所持していれば、オーディションなしで誰でも番組に参加可能であった(高校生は不可。高専生は4年生から可。他にも細かい規定があった)。
多くの人が同じような思いを抱いたであろう、そんな「アメリカ横断ウルトラクイズ」歴代の優勝者や豪華すぎた優勝賞品、罰ゲームなどについて振り返っていきましょう。
でも放送期間が1977~92年、参加資格を持たないうちに終了してしまいましたね。
結局後楽園(東京ドーム)にすら行かなかった訳です・・・