横浜銀蝿のマスコット『岩井小百合』アイドル時代に直面した恋人の事故死…
2019年7月3日 更新

横浜銀蝿のマスコット『岩井小百合』アイドル時代に直面した恋人の事故死…

横浜銀蝿のマスコットとしてデビューした岩井小百合さん。トレードマークのポニーテールがお似合いでしたね。アイドルとして活動する彼女も普通の女の子。生まれて初めてボーイフレンドとデートした日に悲劇が起こります。岩井さんのアイドル時代や恋人との別れを調べてみました。

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岩井小百合プロフィール

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【岩井小百合プロフィール】
名前:岩井 小百合
(いわい さゆり)
生年月日:1968年8月10日(50歳)
出身地:神奈川県相模原市
血液型:A型


岩井小百合さんは、小学生の頃児童劇団に入団。

映画『東京大空襲 ガラスのうさぎ』やミュージカル『王様と私』に出演し、

子役として活躍していました。

また一方で、のど自慢大会に出場し

『のど自慢荒し』と呼ばれていたそうです。

そのことをきっかけに、芸能事務所を紹介され『ユタカ・プロダクション』に所属することに。
1983年1月12日、横浜銀蝿のマスコットとして

『ドリームドリーム』でアイドル歌手デビュー。

デビュー日のサンシャインシティの噴水広場には、1万人のファンが集結したそうです。

その年の歌謡祭では、新人賞を総なめ。

岩井さんと言えば、ウエディングドレスやテニスウェアが印象的な、小柄で可愛らしいアイドルでしたね。

恋♡あなた♡し・だ・い! 岩井小百合

15歳1ヶ月で開催した『日本武道館』のソロコンサートは、

同ホールの史上最年少記録となっています。

その後もリリースする曲が大ヒット。

デビュー2年目には、トレードマークのポニーテールをショーヘアに変え、テレビドラマにも進出していきました。

1986年にリリースしたアルバム『ナチュラリー』では、全10曲中6曲を作詞するなど、作詞にも挑戦。

しかしアイドル歌手としての活動は、

1987年7月にリリースした『涙に天使』をもって、終了となりました。
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ミュージカルの主役になるものの…

岩井小百合さんは1987年、ミュージカル『小公女セーラ』の主役に抜擢されました。

活動の場を広げ仕事が順調だったものの、そこは18歳の女の子。

普通に恋をしていたようです。

この頃岩井さんは

『楽しい青春時代を過ごしたい』


と短大に進学しました。

アイドル時代には出来なかったことにも挑戦。

その1つがデートでした。
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1987年6月2日、彼女は堀越高等学校時代の同窓生の男性と『東京ディズニーランド』に出かけました。

これが岩井さんにとって

初デートだったようです。

人気のアトラクション『スペースマウンテン』の列に40分並び、ジェットコースターに乗り込んだふたり。

その時、悲劇が起こりました…

ジェットコースターが動き出した直後、男性に異変が起こり、彼は脳内出血によって亡くなってしまったのです。

彼はプロサーファーを目指すスポーツマンで、日頃から健康そのもの。

岩井さんはあまりのショックで、いつ倒れてもおかしくない状態に。

男性の葬儀は、ミュージカル『小公女セーラ』のリハーサルが重なり欠席したものの、

通夜に訪れて、男性の両親に事故の経緯を説明したそうです。

そしてショックを隠しながら、ミュージカルの全国公演を行ったのです…。
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※画像はイメージです
この時の事故について岩井さんは

「傷ではないけど、やはりあのことは忘れられません。」

「でも、周りの人の励ましとか、辛くても前向きに生きることを教わりました。」

と後に胸中を明かしています。

現在の岩井小百合

岩井小百合は、レポーターや声優など幅広く活躍し、

2003年9月、医師の男性と結婚。

翌2004年6月に長女が誕生しています。

そして2005年4月、家族でアメリカのヒューストンに渡りました。

アメリカに移住した理由は、

旦那さんの研究や岩井さんの音楽留学

と言われていました。

そして2007年4月、第2子となる男児が誕生。

2008年5月に、家族そろって帰国されたそうです。

まとめ

岩井小百合は、14歳のとき横浜銀蝿のマスコットとしてデビューし、瞬く間にTOPアイドルになりました。

青春を取り戻そうとした短大時代、ボーフレンドの事故死を目の当たりにしたショックは、言い表せないものだったと思います。

2003年に結婚され、2人の子供の母となりました。

現在はブログの更新が止まっているため、芸能界の仕事はされていまいようです。
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